コンコン
「…誰だ?」
バーボンこと安室透は、突然響いたノックの音に警戒しながらもドアへと近付き、覗き穴に片目を当てた。
「!!」
その人物の正体を確認してすぐ。
安室は勢いよくドアを開くと、力なく倒れ込んでくる見知った細い体を抱き留めて支えた。
「名前っ!!」
安室は素早く廊下に目を走らせ、他に誰もいない事を確認するとドアを締めて厳重に鍵をかける。
そして安室が名前を抱き上げ、ベットの上に優しく下ろすと…
それに安心したのか、堪えていた名前の瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
「取引中のジンから逃げてきたんですね?可哀想に…こんなに怪我をし─── 」
言いかけた安室の言葉が止まる。
それは名前の体のあちこちに走る傷と、首元にも無数に広がる“所有痕”を見たからだった。
「そんな…!!! …くそッ!!!!
僕が昨日のうちにっ、あなたが捕らわれたと聞いた時にすぐにでも助けに駆け付けていればこんな事にはッ…!!!」
昨日キールから連絡を受け、名前がジンに連れて来られたと聞いた時には心臓が止まるかと思った。
本当はすぐにでも助けに行ってやりたくて── 連れ戻しに行ってやりたかった。
だが、キールこと水無玲奈と、バーボンとして組織に身を置く安室では迂闊に手を出す事が出来ず、その結果として名前はジンに抱かれる事となり、こうして痛々しい傷までをも負わされる事となってしまった訳で…
「ご、めんな…ッ
こんなっ、こんな姿とてもじゃないけど見れたもんじゃっ…ないよな…」
無言になった安室を見て引かれたと思ったのか、名前は包帯の巻かれた腕で顔を覆い、俯いた。
安室が違うと言うように首を振り、優しく名前の顔を上げさせて頬を撫でやると、いつもの名前からは想像も出来ないほど…
くしゃくしゃに顔を歪めたその瞳と目が合った。
それを見て思わず安室は名前を抱き寄せ、ゆっくりとその唇に自身の唇を重ね────
ようとした瞬間、それに驚いた名前が安室の胸を押した。
「な、ん…で……透…?」
透き通るような細い声で。
戸惑ったようにその名を呼ぶ名前に、
─── あぁ、もぅ…
「名前は…僕の事が嫌いですか?」
こんな時にこんな事を聞く僕は最低だ。…それでも。
どうしたってもう、感情は抑えられそうになくて。
「好き、とか嫌い、とかじゃないだろ…今は」
案の定、困ったように眉を下げて安室を見る名前。
それでももう、こんなにも弱々しく震える名前を見てしまったら…
「こんな時にこんな事を言う僕は、きっと最低なんだと思います……でも…ッ!!!」
そんな顔で、そんな声で。
想いを寄せる女が他の男に抱かれ、乱暴にされた姿を見て。
「ずっと好きだった相手が他の男に…好きでもない男に無理矢理抱かれたのを知って…!!!」
きっともう、引き返す事なんて出来ない。
「そんな姿を見て冷静でいられるほど…僕だって強くないんです」
「やっ……!っ…と、おっ、…あっ!」
ジンに抱かれた事、乱暴された事。
「全部僕で塗り替えてあげます。だから─── 」
さらに溢れ出す名前の涙も舌で絡めとりながら、柔らかい彼女の髪にそっと手を通した。
「今だけ、今だけで構いませんから…僕だけを映してくれませんか?」
そう言って優しく名前の体をベットへと倒して。
開いた唇で愛を囁いた。
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