「ア、兄貴」

「何だ?」

「い、いや……」


一夜が明けて。
いつも通りジンの家に迎えに来たウォッカは、その隣にいる名前を見て言葉を失った。

ジンが入手したのだろうか?
黒いワンピースに身を包んだ名前の体は相変わらず細く、だが包帯が巻かれている他に、昨日は無かった痣が出ている肌の所々に見え隠れしていた。

更には目元や耳、首も痛々しい程赤く、さらにはいくつかの所有痕も見られる事から、昨日あれからジンに何をされていたかは大体の察しがついた。

名前は最早抵抗する気力もないのか、ジンに左腕を掴まれたまま諦めたように動かない。


「早く乗れ」

「…へ、へい!」


ジンに急かされ、慌ててウォッカは運転席に乗った。

バックミラー越しに二人を窺うと、ジンに促されて乗り込んだ名前がそれでも距離を取ろうと反対側の端まで体を寄せようとしたところ、掴まれている左腕ごと無理矢理引き寄せられているのが見えた。

痛みに呻く名前の声に、男として微かにウォッカの胸が痛む。
が、それをジンに気取られないよう素早くエンジンをかけ、車を出した。

チラチラと気になってミラーを覗くが、名前はまたぐったりしたように動かない。


「今日は例の場所での取引だったよな?」

「?! へい!」

ウォッカの視線に釘を刺すよう、ジンが口を開いた。


「バーボンとキールが先に着いて、相手先のボスと連絡を取ってるそうですぜぃ」

「バーボンとキール…そうか」


名前が二人の名前に反応したように見えたが、気のせいだろうか。


「部屋はいくつ取ってある?」

「今夜のですか?
ベルモットと兄貴にそれぞれ最上階のスイートルーム、バーボンとキールにそれぞれジュニアスイートの計4つですかねぇ」


ウォッカ自身は今日の取り引きの後、また別の仕事がある為宿は取っていなかった。


「今日の取り引きに何か問題でもあるんですかぃ?」

「いや…あっても向こうは他に打つ手がない。無理にでも条件を飲むだろうよ」


そう言ったっきり口を閉ざしたジンを見て、ウォッカも黙って運転を続けた。

きっと取り引きが終わった後、ジンはまた名前を抱くのだろう。
それが何故だかウォッカの胸をキリリと締め付けた。
自分でも覚えのない感覚に、これが何を意味するものなのか全くわからないが。



そうこうしている間に車は目的地駐車場へと着き、ウォッカは一番目立たないスペースに車を停めた。

ウォッカがドアを開けて外へと出ると、同じくジンと名前も出てくる。

そのまま3人でエレベーターまで向かおうとして────


「……ッ!!」


ジンに片腕を捕まれ歩いていた名前の足が突然力を失ったかと思うと、その場にくずおれるようにしてしゃがみこんだ。

だがジンには予想済みだったようで、しゃがみ込む名前の体を易々と横抱きで抱き上げる。


「…や、やめろよっ!!降ろせっ!!」

「黙らねぇとどうなるか分かってるな?」

「…っ!」


耳元で囁かれるその声から逃げるように顔を背ける名前。


─── 堕ちない、媚びない、真っ黒な猫。

ジンがずっと前から手に入れたいと願っていた黒猫。
それが今まさにジンの腕の中で大きな瞳を伏せ、屈辱に耐えるようにその身を震わせているのだ。


「ククッ…」

「ア、兄貴!」


歩き出したジンの後を追い、慌てて続くウォッカ。


「一度名前を部屋に置いてくる。取り引きに立ち会わせるつもりはない」

「やつら、名前の顔を知ってるんですかぃ?」

「いや…恐らく知らないだろう。
だが、俺達が連れてきてる奴に興味が沸かねぇわけがねぇ」


そう────
そしてそれは組織が名前を狙う理由であり、アンダーグラウンドなこの裏組織の中で、それは喉から手が出るほど求められて止まない能力。


「数式予測及び、確実予想」


ジンが口にしたそれを聞いて、名前は悔しそうに唇を噛み締めた。



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