「…………………」
出掛けるはずが赤井に阻まれ、さらには抱かれたせいで名前は現在、動くことすらおっくうに感じていた。
── 怪我人としてもう少し労わってくれてもいいのに!!
「…おい」
ビクゥッ
赤井の声におそるおそるその顔へと視線を移した瞬間、名前はその身を反転させた。
「お、お風呂!!お風呂入ってくる!」
「その怪我で入るつもりか?」
問うくらいなら抱くなよ!!と思いつつ、口には出さずに頷きだけ返して名前はベットを降り、歩き出そうとした。
─── が。
「!」
途端、ヒビの入ってる足に痛みが走り、名前は不本意にもくず折れるようにしてしゃがみ込んでしまった。
それを見て呆れたように近寄ってきた赤井が差し出す手。
「無茶をするな。連れていってやる」
「えっ?!…いっ、いい!大丈夫!ちゃんと自分で行けるから!!」
膝裏に手を差し入れ、抱き上げようとする赤井の手を慌てて止める名前。
このまま一緒に入られでもしたら、本格的に"その事"を聞かれて出掛けられなくなってしまう!!!
「…まさかとは思うが、先ほど俺に『言う』と誓った言葉を忘れたわけじゃないな?」
「え…」
まるでそんな名前の思考を見透かしたかのように上から降ってきた低い声に、赤井の手を外そうとしていた名前の手が凍りついた。
── や、やっぱり流してくれるつもりないんだ……!!
「え、えーっとごめん。最後の方俺頭真っ白になってきちゃって何か…何か言った?」
「...ホォー。ついに自分の言葉にすら責任を持てなくなったか?
なら俺もその後の責任を気にすることなく、今からまた好きに名前を扱うとしよう」
「!!!」
赤井のそれは先程の行為を再び想起させる言葉で。
「……うっ。……うぅぅ」
「どうした?」
名前を抱き上げて風呂場へと向かう赤井に、暫くの間名前は顔を顰めて唸っていたものの、やがて諦めたようにその腕の中で大人しくなった。
その姿を見てフッと口端を釣り上げる赤井。
「少ししみるだろうが、我慢しろよ?」
頷く名前を浴槽のへりにと座らせ、名前が足の包帯と湿布を外してる間に蛇口をひねり、シャワーの温度を調整する。
高級の部類に入るこのホテルは風呂場の設備も良く、浴槽の湯もすぐに貯まる事は把握済みだった。
湯を出しながら、名前が手渡してきた包帯と湿布とをドアの向こう側に放る赤井。
「かけるぞ」
「ん」
右腕だけは医療用の、防水用で大きめな絆創膏が貼ってあるが、それ以外で残る多くは銃がかすった事による擦過傷だ。
多少しみはするが、右腕にだけ気をつければ後は我慢出来ない事もないだろう。
「 …ッ!」
僅かに眉を顰める名前だったが、刺激の少ないよう優しく湯をかけ続けてやれば、徐々にその眉間のシワも和らいでいった。
名前はそのまま少し後ろに首を捻り、壁に並ぶ容器のポンプの一つをプッシュするとその泡で髪を洗う。
赤井もその間に手早く自身の服を脱ぎ、脱衣場へと放った。
顕になった無駄な脂肪一つない引き締まった赤井の肉体美を前に、目のやり場に困った名前は慌ててシャワーの持ち手を掴んで髪を流す。
そしてそのまま逃げるように湯の溜まった浴槽へと沈む名前に、ククッと笑って後ろから抱きすくめるように赤井自身も湯に浸かった。
「…っ!……クールキッド」
「は?」
「え、FBIの他に昨日の取引現場にいたの…クールキッドが」
後ろから赤井によって抱きすくめられたまま、突然名前が小さな声でそうつぶやいた。
一瞬何の事かと思ったが理解した瞬間、赤井はなるほどと思った。
─── そういう事か。
「まさかあのボウヤが絡んでいたとは…」
それならば組織の連中がそれに気づく前に、名前が慌てて飛び出して行ったのにも納得がいった。
あのボウヤはなかなか頭が切れるようだからな…
見た目はどこからどう見てもただの小学生としか思えない一人の少年。
だがその少年は恐ろしいまでの回転と速さと、明らかに他の小学生とは異なる行動力を兼ね添えていた。
─── 名を確か、江戸川コナンと言ったか?
その少年は赤井達FBIも何度助けられたかわからないくらいの、相当な切れ者だった。
名前もそれは十分に理解しているようで、実際名前自身も助けられた経験からどうやらお気に入りらしく、赤井も何度か2人がプライベートで会っている姿を目撃したことがあった。
…子供相手に嫉妬するほど大人げなくはないつもりだが、体が子供とはいえあれほどの頭脳を持つ少年なのだ。油断は禁物と言えるだろう。
「あのボウヤも取引の事を嗅ぎ付け 、張っていたのか?」
「それはわかんないよ。それも含めて今日、会って話を聞こうと思ってたんだから」
それなのに阻止しようとするから!と、全てを打ち明けた名前が拗ねたように片手で、湯の中の水を赤井に向けてパシャッと飛ばした。
「とにかく!ちゃんと話したからなっ!!
だから今日はクールキッドと会ってくるから、シュウはぜっっっっっ対に来るなよ!!」
「そういうわけにはいかない。なんせ俺はジェイムズからお前の護衛を任されているんだからな。
その場にいることはしないが、見えるところにはいるつもりだ」
「…ッ──── !」
怪我の事もあり、立場の弱い名前はブクブクと湯船に顔を沈めた。
「ボウヤとの時間に水を差すつもりはない。万が一に備え、近くに控えているってだけだ」
その頭を優しくぽんぽんと撫でると、赤井は名前の体をこちら側へと向かせた。
その際少し反抗的な瞳と目が合ったような気もするが、そこは気付かないフリ。
「…はぁ。分かったよ。クールキッドとの待ち合わせは──── 」
それでも名前はまだ躊躇うように少しだけ口をつぐんでいたが、
「 …14時に米花町にある喫茶店、ポアロだよ」
やがて待ち合わせ場所である一つの喫茶店の名前を挙げ、赤井の眉を僅かに釣り上げさせたのだった。
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