今更元には戻れない。僕はそこまで来てしまった。
幻聴レクイエム忠実な部下が有力な情報を持ってきた。決行するなら今日だ。これを成し遂げればもう僕に敵はいない。誰にも僕を止められない。暗黒の時代が近づいていた。窓に映る夜の風景に、何万というマグルが暮らしていると思うだけで沸々と怒りが煮える。だが、ふと思うのはナマエのことだ。闇の帝王が聞いて呆れる。彼女は僕の中の闇に気付き、嫌っていた。けれど、僕を愛していた。愛なんてわからなくて、でも確かに僕も彼女を愛していた。
「ナマエ」
窓に手を添え彼女の名前を呟く。思い出すのは幸せな時間。僕の最初で最後の小さな甘え。今、幸せ?僕のことなんて忘れて暖かい家庭を持っていかい?少し悲しいし、怒りも抱くけどやっぱり僕は君が大切だった。
「ふ……」
闇の帝王ともあろう者が人並みに恋をするなんてあってはならないことだ。愛という感情は全てを狂わせる。自分が成すべきことを惑わせる。
目を閉じて、開くと彼女は消えていた。さあ、行こう。今こそ世界を我が手にするときが来た。感情なんて必要無い。只、死を嗤おう。例えそこに自らを戒めるものがあっても、僕はそれを越えていける。トム・リドルであった僕は、愛しい愛しい学び舎に置いてきたのだ。黒いローブに身を包み、窓を開けて世界に飛び出した。
「リドル、行かないで」
腕の中で君は泣いていた。
「私も連れて行って」
僕はそれを冷たい目で見下ろしていた。
「君では足手まといなだけだ」
全ては上出来な演技の筈だった。
「私はあなたを助けたいの」
例えあなたに殺されても、あなたを止められたらそれでいい……と。
僕はそれを、望んではいない。
幻聴レクイエム緑の閃光が飛ぶ度に、君の声が聞こえた気がした。