これは白昼夢だ、と。ぼんやりと脳裏に浮かんだ、こちらに向かって手を振るナマエを見て思う。ルシウス、とファーストネームを呼び捨てされ、新鮮な響きに頬が緩くなりながらも応えてやれないもどかしさに胸が疼いた。私の欲望の全てが、この夢に現されているのだとしたら私も案外安い男なのかも知れない。暫くすると宙に浮いたような思考にやっと現実が付いてきた。教室より大きな窓が設置された理科室の窓。その画面いっぱいに日差しが降り注いでくる。目を開かなければと意識するが、なかなか開かない。こんな日は、彼女と下校を共に出来たらどんなに良いだろうか。

ガシャン

何かが割れる音とナマエの小さな悲鳴が私を浅い眠りからはっきりと呼び覚ました。不覚にも眠ってしまったことを恨み、痛む頭で悪態をついた。先ほどの音の発信源は……と実験をしていたナマエの方に目をやれば彼女は慌ててガラスの欠片に手を伸ばした。危ない、と瞬間的に思った時には既に遅くナマエが小さく息を詰めた。素早く引っ込められた人差し指には赤い玉のような血が光っていた。

「ナマエ」

少し咎めるように呼べば、彼女の肩が小さく跳ねる。恐る恐るといった風に顔を上げたナマエと目があった。

「……ルシウス先輩、起きてたんですか?」
「いや、今起きたんだ」

答えながら彼女の傍に寄る。床に落ちた試験管だったものを見つめてから、ナマエを傷つけたと思われる欠片を拾い上げた。その間にナマエがどこからか箒を持ってきて、粉々になった破片を残らず掃く。全ての欠片が音を立ててゴミ箱に落ちていく中、手に持った欠片をポケットに忍ばせた。

「起こせば良かったものを……君一人に実験をやらせるなんて寿命が縮む」
「す、すみません。先輩最近疲れてるみたいだったから……」

ナマエが床に目線を落とし、私の視線から避けるように左右の手の指同士を絡めた。一方私は、衝動的に彼女を抱きしめたくなり必死にそれを抑えていた。抑えきれなかった衝動は私の指先を動かし、ナマエの出血している指を掬い上げた。傷跡さえ愛おしくなり、戸惑うナマエを無視して舌先を這わせる。

「せ、先輩!」
「ナマエ……すまない、我慢できそうにない」

ちゅ、と音を立てて吸い付く。下から伺えばナマエは羞恥に顔を赤らめていた。その何とも言えない表情に酷く欲情してしまった。

「ナマエ」
「ルシウス先輩、なんで」
「……なんで?」

先ほどより強く傷に吸い付き、唇を離すとナマエは泣きそうな顔をしていて。

「分からないなら、教えてやろう」

不安げなナマエに微笑みかけると、制服の端をきゅと掴まれた。その手に手を重ねて耳元に唇を寄せる。好きだ、と。囁いたと同時に鐘が鳴った。それは下校を知らせる鐘で、肝心な所で言葉を削がれてしまった。野暮な鐘め……。予測していなかった出来事に、柄になく混乱する。聞こえた、だろうか?言い直すにも格好がつかず疲れたように溜め息をつくとナマエがくすくすと笑った。

「ルシウス先輩、良かったら一緒に帰りましょう」
「……そうだな。今日は天気が良い」


理科室と、君
「先輩、私も先輩のこと「キーンコーンカーンコーン」
「クソ、またチャイムか!」



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