私はグリフィンドール、彼はハッフルパフ。組み分け儀式のあとに、青ざめた顔で彼はこう言った。


離さないで
それはとても小さな呟きだった。


優しくて無垢で純粋で、笑うと太陽のように明るく暖かい彼、私の幼なじみのギルデロイ・ロックハートは今絶望の底にいるような顔で魔法薬学の授業を受けていた。彼がそんな浮かない顔をしているのは、私たちグリフィンドール生との合同授業だから。最初の頃こそ私の隣に座って授業を受けていた彼も今では教室の端と端に座るようにしてこちらを見ようともしない。

事は一週間前に起こった。初めての魔法薬学、しかもハッフルパフ生との合同授業。ギルと寮が離れてしまってからあまり話す機会が無くなっていた私には凄く楽しみな授業だった。当然のごとく隣に座った彼と、四苦八苦しながらも楽しく薬品作りに励んでいた私たちの前に、事件は飛び込んできた。

ぽちゃん、と見事に私たちの大鍋の中へ導かれるように落ちたそれは、クソ爆弾。うんこ爆弾。何が起こったのか、一瞬で大鍋の中の液体は赤、緑、黄色と変化したうえで大きな音を立て、爆発した。

まさに間一髪、爆発の寸前でギルデロイが私を庇ってくれた。しかし彼の手入れされた見事なブロンドの流れるような髪は、立派なアフロに。煙りと同じくしてそれはもくもくと肥大した。恥ずかしさと怒りに震えた彼は教室を出ていってしまい、あとに残されたのは座り込む私と教室中に響く笑い声、そして黒煙の立ち上がる大鍋だけだった。本当に、本当に酷くて腹立たしい事件だった。

あれから彼は廊下で会っても口を聞いてくれなくなった。ハッフルパフの子に様子を聞いても、一人でいることが多いという。ハンサムでプライドの高い彼にとって一生の恥にさえなるだろうが、少し強情すぎる。

「それでは今日はおできを治す薬を調合してもらう。私は少し用事があって校長室に行かねばならないので各自気をつけて薬品を取り扱うように」

いつのまにか教室にいた先生がそう言ってすぐに出ていった(私が先生を見たのはほんの十秒たらず)。教科書を開いて調合を始める。順調に進んでいた調合はその最後の行のせいで完成することはないように思えた。――最後に、生きたムカデをいれ右に三回、左に十六回かき混ぜる……――生きたムカデ?生きているムカデを掴んで鍋にいれるの?無理、できません。

諦めて乾燥したムカデを鍋に投げ入れ(乾燥してても気持ち悪いのに!)かき混ぜる。本来黄色になるはずの液体はオレンジになっていた。ふと嫌な予感がして振り向くとそこには悪戯仕掛人と呼ばれる四人の姿。なかでも、ポッターとブラックは(彼らの鍋には黄色に輝く液体が)酷くたちが悪い。今もクソ爆弾を片手にニヤニヤしている。クソ爆弾……クソ爆弾?(連呼すんな)――あいつらか――キッと睨みつけても彼らは気づかない。彼らの視線の先には鍋と戦うギルデロイの姿。彼もムカデが触れないらしい。腕を振り上げ、投げた。弧を描きながらゆっくり飛んでいくクソ爆弾。私は立ち上がって習いたての呪文を唱えた。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

空中に静止する爆弾。驚いた顔のポッターたち。私は杖を軽く振ってポッターたちの大鍋へ投げ返した。小規模爆発を起こしてなんとも可哀相な姿になった彼らは急いで教室から出ていった。笑い声が響く教室の中でギルデロイだけが悲しそうな、けれど嬉しそうな、怒っているような複雑な顔をしていた。

昼食を食べ終わって広間から出るとギルデロイと会った。彼はまだ無口で変な顔をしていたけど無視して外に連れ出した。照りつける日差しをよけるためにちょうど良さげな日陰を見つけて、そこに座った。ゆっくりと時間が過ぎる。珍しく青い空は雲一つない快晴。からりとした陽気に心が洗われるようだ。あまりにも上機嫌になってしまい小さく鼻歌を歌った。二人、小さい頃手をつないで帰った日々が蘇る。私より一回り大きな手でぎゅっと握ってくれた。夕日に照らされた彼の顔が、すごくかっこよく見えたのを覚えている。

視線を感じて横を見るとギルデロイが焦った様子で目をそらした。

「ギルデロイ…?」

一瞬間を置いて、やっぱり目を合わせようとはしないけどこちらを見てくれた。

「私は、ギルは笑っていたほうが好きだな」

素直な気持ちだった。最近ずっとギルデロイの笑顔を見ていない。私はあの笑顔が、大好きなのに。彼の目を見て笑いかける。少しへたくそだったけど、彼も笑ってくれた。

「…ごめん。」

しばらくしてギルデロイが謝った。意味も分からずきょとんとしていると彼が私の手を握った。

「君とあの…ポッターは全然関係ないのに、意地張っちゃって…」
「よかった!」
「…?」

今度はギルデロイが不思議そうな顔をしていた。

「私ギルデロイに嫌われちゃったのかと思った!」

安堵でまた笑みがこぼれた。そんなことありえない!とギルデロイが即答してくれてますます嬉しくなる。彼のブルーの瞳がきらきら輝いてて、とても幸せな気分だった。それからギルデロイと隣同士で座ったり、話したりの日常が戻ってきた。ある日の昼食で大広間に集まったときギルデロイの隣に座ろうとしたら、ハッフルパフの女の子に先をこされた。ちらりとこちらを見た目に、勝ち誇ったような感情が見えた。

悔しくて、悲しくてグリフィンドールの席に座った。彼はハッフルパフ。私はグリフィンドール。やっぱりそれは変わらない事実で。

「…それ全部食べるのかい?」

やけ食い混じりでかぼちゃパイを山盛りに盛りつけていると後ろから声をかけられた。それがギルデロイの声だと気づくのに1秒とかからなかった。

「ギルデロイ…どうして…」

困惑した表情をしたギルデロイが立っていて、その姿がひどく儚げに見えた。

「隣、座ってもいい?」

うん、と頷くとギルデロイは隣に腰かけた。思わずかぼちゃパイの皿を横に押しやって遠ざける。彼が近くに寄るように手招きをしたので顔を近づけると、私の耳に手を添えて小さく呟いた。驚いて顔を上げたけど彼の困ったような表情を見たら和らいだ。


離さないで
君が隣にいないと不安になるんだ、なんて。


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