私は例えて言えば全盛期に栄えた死喰い人の連中よりも下種で屑な男だ。他人の栄冠を奪い取り、復讐を恐れて不要に其の者の幸せな記憶さえ削除する。記憶を奪われた者は時に自分が何故ここにいるのか、何者なのか、果ては魔法使いで有ることも忘れてしまう。私は昔から忘却術に長けていた。簡単な記憶なら弄ることも出来た。それが自分の唯一誇れる能力であり、ギルデロイ・ロックハートという男を形成するには無くてはならないものだった。積み上げられた己の自伝達を見つめて、男は自嘲気味に笑う。こんな紙の集まりが、私を唯一確立させる物なんて……と。

「ロックハート先生」

控えめに響いた声が、ロックハートを現実に引き戻した。ああそう言えば彼女が、ナマエが来ていたんだった。ナマエは、この弱虫で臆病者でどうしようもない男のことが好きだという。けれど彼女が慕う私と実際の私は全く違う人間だ。誰もが讃える英雄、勇気ある魔法使い……そんな肩書きを持っていて笑顔が素敵な男。それが彼女の中の私。彼女は本当の私を、知らないのだ。そう幾度と無く自分に言い聞かせても彼女が私に微笑みかけてくれる度に段々と彼女に対する恋愛感情が湧いてくるのが分かった。そして激流のように体中に巡るそれを止められないことも、分かっていた。私の傍に置かれた手にそっと手を重ねると、それはとても暖かく、胸の奥がじんわりと疼いた。彼女のぬくもりを感じられる私の体はしあわせだと思った。もっと、と求めるように抱きしめると彼女に触れている箇所が熱を帯びた。どうかこの瞬間だけ。今だけ、ナマエを抱きしめる権利をくれ。誰に祈るでもなく、縋るように両腕に力を込めた。

「先生」

この熱が、彼女の声が、匂いが、優しさが、愛しい。全てが愛しい。今なら鳥を狭い鳥籠に入れて飼いたくなるマグルの気持ちが分かりそうな気がした。

「ナマエ」

だが決して、甘えてはいけない。これ以上彼女が私の傍にいることで、私の存在が狂ってしまう。折角確立してきた私という形が歪んでしまう。再びナマエをキツく抱きしめ、彼女の死角に震える手で杖を構えた。本当は、この魔法だけはナマエの耳に入れることさえしたくなかった。

「オブリビエイト」

幾度となく使ってきた忘却の呪文は、どこか禁じられた響きを持っていた。まるで許されざる呪文の一つかのように感じた。私に抱いたその純粋な恋心。汚れてしまう前に、その胸に戻して固く錠をして。私なんかに二度と騙されないように、深く深く閉じ込めて。私が君の前からいなくなった頃に、ナマエに見合った彼にこうして抱きしめられて。どうかその腕の中で、しあわせを感じながら眠ってくれ。


けれど、ああそれは、本心ではない。


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