「あなたは確か…卒業したらエジプトに行くのよね」

人生の門出には相応しくない灰色の空を見つめて、彼女が言った。くぐもった雲が空中に広がっていなければ、緑が香る良い日だった。

「ああ、向こうのグリンゴッツに就職が決まったんだ。そう言えば……ナマエは就職先、決まった?随分悩んでいたようだけど」

質問の答えがどうであれ、彼女とはもう生涯会えないような気がした。別れが余りにも受け入れがたく、彼女の横顔が今にも泣き出しそうだったからだ。

「私は、ドイツのグリンゴッツに行くの」
「君もグリンゴッツに?」
「ええ。……黙っていてごめんなさい」

それならまた会えるかも知れない。そんな淡い期待を抱きだした自分が哀れだった。驚いたように顔を繕い、初めて彼女の顔をまともに見る。やはり、綺麗だった。

「ビル」
「……なんだい?」

ドキドキした。彼女に名前を呼ばれるだけで、こんなにも胸を踊らせるのに、自分は何も伝えないつもりなのだろうか。

「幸せって、何かしら」
「幸せ、か」

正直分からなかった。まさに私は、明日から幸せじゃなくなるのだ。彼女と一日中過ごせる場所を失うのだから。そんな私に、幸せなんて分からない。裏を返せば、ナマエと一緒に居られることが私にとっての幸せになるのだけど。それは、私の幸せであって彼女の幸せではない。それにもしかして、ある人にとってはグリンゴッツに就職が決まること事態が幸せかも知れないし、当たり前だけれど幸せなんて人それぞれだ。

「私には、分からない」

正直に答えると、酷く泣きそうな顔をした彼女がこちらを見た。ああ、嘘でも最もらしいことを言えば良かった。

「……そう、分からないわよね。ごめんなさい、変なこと聞いて」
「変なことではないよ、誰だって気になるものだ」

フォロー仕切れずに苦笑すれば、彼女も一瞬だけ笑みを作った。その笑みにでさえ幸せを感じた。ほら、幸せなんてこんなにも不確かなものなんだ。

「でも、そうね」

そして、突然やってくるものでもある。ほら、今まさに、君の所にだって。

「あなたに愛されたらきっと、幸せになれるんでしょうね」


彼女はとても、綺麗に笑った。
幸せだと思えることが既に幸せなのかも知れない。



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