リドル、あなたに私の言葉が届かなくなってしまったのは、一体いつからだったのかな。


知らず知らず


ホグワーツで過ごす、最後の日。冷淡、非情、と他寮から罵られることも少なくないスリザリンの寮も、別れを悲しむ声で溢れた。私も、七年間連れ添い、卒業後は世界各地バラバラになってしまう友達と抱き合ってわんわん泣いた。

泣き腫らした顔を洗い、ぼんやりした頭で荷物をまとめる。ガランとした寝室を見渡して、また、こぼれ落ちる涙を拭いた。そうして、彼は今どこにいるんだろう、と談話室を覗いたけれどお目当ての人物は見当たらない。汽車の発車時刻までまだ時間があることを確認し、私は談話室を出た。

彼を探し歩いている途中、寮監のスラグホーン先生に会った。思えば彼は大広間で食事をしていた時から既に、ハグリットに抱き着いて泣いていた。真っ赤に充血した目を見て、少し感傷的な気分になる。

「こんにちは、先生。リドルを見ませんでしたか?」
「……おや、最後の挨拶になるのかね。ミスミョウジ。トムなら確か……天文学の教室に向かっているのを見たよ」

彼も今日はいつもの冷静さを欠いているように見えたね、と話して先生は目を潤ませた。リドルも今日という日に限ってわざわざそんな一面を見せるなんて親切だな、と思いながら、目頭にハンカチを当てる先生にお礼を言って別れた。

在学中何度か、二人で夜中に抜け出して訪れた天文台の塔。リドルも思い出に浸ったりするものかと思ったけれど、冷静に考えると彼なりのオワカレ、だったのかも知れない。

「リドル?」

教室の扉をそっと開け、中の様子を伺う。返事は帰ってこなかったけど、確かにリドルはそこにいた。窓際の席に腰掛け、夕陽で赤く輝く外の世界に意識を投げていた。

「やあ、ナマエ」

いつも優等生だった彼に私が、唯一抱いていた不安と恐れ。それは、入学して初めて大広間で会った時から今日、卒業するこの日まで私の中で違和感として残っていた。まるで彼がどこか別の場所に感情を隠して生きているような。笑っていても、声を荒げずに怒っていても、まるでどこか別の場所にいる誰かに感情を操られているように感じていた。

「みんなにお別れは済んだ?」

窓の外を見たままのリドルは、いつものように淡々と話す。曖昧に返事を返すと、そう、と言って笑った。何が可笑しいのか分からなかったが、リドルは至っていつもと変わらず寧ろ機嫌が良いようでほっとした。

「君は、ヴォルデモートという魔法使いを知っているかい?」

やはり上機嫌なリドルは私の返事を待たずに言葉を続ける。夕陽に照らされたその横顔からは、表情までは伺えない。知らない、と言うとリドルはまた笑った。

「覚えておくといい。この世で一番、偉大な魔法使いの名前だ」

初めて聞く名前だ。けれど、今まで感じていた違和感の謎がゆるゆると溶けていくのがわかった。口の中でその名前を転がすと、じわりとした苦味が広がった。自分のなかでバラバラに散らばっていたリドルの断片が繋がっていくのに気づいた。それでも、諦められなくて、走り出したいのを我慢して、

「リドル、好きよ」

僅かな可能性さえ信じたのに、彼は、

「リドルと呼ばれた僕も、君が好きだった」

……振り向いたリドルは無表情で、思わず涙がこぼれた。落ちかけた陽で辺りは彼の表情が分からなくなるくらい薄暗く、微かにその輪郭を浮かび上がらせていただけだった。トム・リドルと呼ばれた彼は、確かに、存在していたのだろうか。疑問を抱く間もなく高ぶった感情は私を正常な世界へと走り出させた。


知らず知らず
いつの間にか消えてしまったの。


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