Look at me
緑の瞳の彼女に涙は似合わない


「スネイプ先生!」

デスクに向かい羊皮紙を広げた瞬間勢いよく開いた部屋の扉。いつか壊れてしまうんじゃないかと思うくらいに派手に軋んだ扉の向こうにはナマエが立っていた。月曜日の九時。私と彼女だけの隠れた逢瀬。隠れた、というのは二人の関係が教師と生徒だから。……それなのにこれでは誰かに見つかりかねない。

「もう少し静かに入って来れないのかね」
「ごめんなさい、無理です!」

きっぱりと言い放った彼女が暖炉の前のソファにドスリと腰掛けた。今度はソファに穴があきそうだ。なにやらイライラしている彼女に声をかけるのは実に不本意だったが低い声で呼びかけるとこちらを見た。

「私や物に当たるのは、よせ」

ピクリと体を揺らした彼女の顔がみるみるうちに泣きそうな表情になった。溜め息を一つ落として彼女の隣に移動すると角度的に泣いていたかは分からないが彼女は慌てて目を拭う仕草をした。

「なにかあったのか?」
「いえ、なにも」
「嘘を吐け」

やはり黙り込んだ彼女の頬に軽く口づけて頭をゆっくり撫でてやる。驚いたのかこちらを見た緑の瞳から思わず目を反らした。ナマエの緑の瞳をいまだに直視出来ないでいる。彼女が入学してきた時から今まで彼女と視線を交わらせたのはほんの二、三回だろうか。

「ドラコが」
「……ドラコが?」
「お父様とお母様は私と血が繋がっていないと、私が養子だと」
「信じたのか」
「だってお父様もお母様も綺麗なブルーの瞳をしているのに私の瞳は、緑」

ぽつりぽつりと呟く彼女の横顔を見つめる。確かにナマエの瞳は緑だが彼女の容姿はしっかり両親から受け継がれている。その流れるような髪も、白い肌も。

「信じるな。お前は紛れもなくあの両親の娘だ。私が保証する」
「でも……こんな目、嫌い」

嫌い、と言った彼女の瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。ローブを濡らしたその雫こそ染みて消えてしまったがその部分に軽く触れた。緑の瞳に、涙は似合わない。

「Look at me」

耳元で囁くと彼女が顔を上げて私を見た。涙で濡れた緑の瞳が私の黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。

「私はお前の瞳が好きだ」
彼女がひどく不意をつかれたような顔をした。それでも視線は変わらず私を捕らえている。

「目を、合わせてくれないのに?」

気付いていたのか。いや、気付いていないはずはなかったのだ。彼女の視線が私を真っ直ぐに捕らえているのは今に限ったことではない。私はそれを、知っていたのに。

「目を合わせるのが恐かった」
「恐い?」
「私はナマエの瞳ではなくナマエを好きでありたかったのだ」

彼女にこの意味は分からないだろう。私が緑の瞳をどれほど愛して、恐れたのかも。そしてこれからも緑の瞳を想い続けるであろうことも。

「好きだ、ナマエ」

自分に言い聞かせるように放ったその言葉は部屋の隅の闇に溶けてなくなったかのように消えて彼女の耳に届いたか定かではなかった。


Look at me
分かっていた、最初から。彼女の瞳が緑である限り私は彼女を思い出すだろう。


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