「――もしもの話、聞いてくれる?」 この言葉を告げれば世界を変えることができるのか。 愛してる人に愛の言葉を囁ければ傍にいてくれるのか。 共に生きることなんて許されない。 残酷な世界は廻り廻って事実を告げた――愛されることなんて、決してないだろうと。 目の前にいる名前が不意に口出した“もしも話”に、燐は視線を彼女に合わせる。 その顔は穏やかそうで悲しそうな表情をしており、今すぐにでも消えそうに儚く、紡がれる言葉の一つ一つに重さを感じるような気がした。 「もし、私が…私じゃなくなって、燐くんの前から消えたらどうする?」 「そんなこと、あるわけねーだろ」 「それがあるんだよ…きっと、明日にでも起こりうること」 名前は雨が降り続く空を見上げて、そして次に燐の瞳を見据えた。 彼女の泣き顔に彼の見開かれた眼は何を映したのか。 燐は名前の身体に手を伸ばすと強く強く抱きしめ、決して離さないように、手離すことがないように。 「私は、一体誰なのか分からなくなる時があるの…!」 「俺の知る名前は“名前”だ」 「それでも、燐くんの傍にいていいのかなって、このままじゃ駄目なんじゃないかって 思っちゃう…っ」 「お前は俺の傍にいていいんだよ…、俺の隣で笑ってればいいんだ」 こんなにも弱り切った名前の姿を見たことがなかった。 いつも穏やかに笑っている彼女とは違い、目の前では声を大にし泣きじゃくる弱弱しい姿。 今まで何を思い今日を過ごしてきたのか、胸の奥に仕舞い込んだ感情の名を燐は知らない。 世界はあまりにも残酷だ。 一人の少女さえも幸せにすることを許さないなんて、少年の愛した世界は綺麗なものではない。 寧ろ綺麗事を並べた御伽噺にしか過ぎないのかもしれない、これは夢であり現はこの世から消えたのだ。 ――あぁ、神様…、どうか、どうかこの人だけは壊さないで。 「私達は、出会うべきじゃなかったのかもしれないね」 「…!なに言ってんだよ…ッ」 「出会っちゃいけなかったんだね……ごめんね、ごめんなさい、燐くん…」 「そんなこと、嘘でも言うな…謝んなよ」 名前の頬に翳された手にふと顔を上げる。 そこには燐が眉間に皺を寄せて、それでも怒っているようには見えない。 互いが互いに同じ思いを抱いているのだ。 手離せないほどに、知らないうちに、いつの間にか、同じ深海に溺れていた。 「俺は、名前に会えて、すっげぇ幸せだよ」 「……燐…くん…?」 「出会えたのがお前で本当に良かったって思ってる」 ――お前じゃなきゃ、いけないんだ。 駄目なんだ、傍にいれないくらいなら、この身と共に一緒に死んでしまおう。 そうしたら、もう誰も悲しまずに済む、誰も傷付かずに済む、誰も知らずに幸せになれる――こんな結末は誰も考えない、腐りきった世界を変えることができるはず。 「好きだ」 ――愛した人に最上級のさよならを。 交わらないふたつの世界(なら、壊してしまえ) |