ただ貴方を思う魔女

「何も知らない癖に」
 私は言った。君は笑った。
 記憶の中の彼も、いつだって、今みたいに穏やかに微笑んでいた。母が亡くなって孤児になった時も、母の死因に疑問を持って調べ始めた時も、事故では無く他殺だと分かった時も、犯人を警察に突き出した時も、ゆったりと微笑みながら私に手を差し伸べてくれた。背中を押してくれた。
 嬉しかった。
 彼を好きになった。
 そして――私はおかしくなった。
 彼の部屋に小型ビデオカメラを仕込んで盗撮した。スマホをハッキングしてGPSの位置情報やカメラから彼の『今』がすぐ見られるようにした。SNSのアカウントは裏垢まで全てチェックしたし、彼のスケジュールは全て自分の手帳に記してあった。私の部屋には彼の写真や使い捨てた品が増えていった。ストロー、爪楊枝、マスク、割り箸……異常なのは分かっていた。それでもやめられなかった。
 足りない、これじゃ足りないの。
 病的に白く透き通る肌。でも男らしく節くれ立った手。長い脚。細身な体躯。浮き出る肋骨の影。色っぽい鎖骨にひとつだけあるホクロ。薄く赤い唇。すぅっと通った鼻筋。美しく青みがかった黒髪。深く吸い込まれそうな黒目がちな瞳。
 怖いくらいの美しさ。
 彼が欲しい。

 彼が欲しい。

 私の部屋に招いても、私が包丁を取り出しても、それを彼の胸に突き立てた時でさえ、彼は変わらず微笑んでいた。
「……ごめんなさい」
 血の気がなくなった顔すら美しいとしか思え無い私でごめんなさい。貴方の亡骸と思い出を永遠に手放せない私でごめんなさい。
 微動だにしない彼の頬の上で、私はぽつりと零した。

 いいんだよ、と何処かから声がした。

  ◇ ◇ ◇

 僕は、魔女だ。別段魔法使いと間違えている訳じゃ無い。遥か昔、原始の姿は女性だったはず……多分。容姿についてはコロコロ変えながら永らえているので、覚えが悪いのだ。
 魔女である僕は、不死身な上に幾つかの不思議な力を持っていた。それは千里眼や地獄耳なんて具合の都合の良いもので、容姿を変えるのも力の一端だ。おかげさまで、歴史上の至る所で『死んで』いる。その度に姿を変え名前を変え、違う土地へと移り住んだ。
 そんな暮らしはそれなりに楽しく、それなりにつまらなかった。それでいいと思っていた。
 『その女』に会うまでは。
 『その女』は魅力的な笑顔と、強い愛を持っていた。愛するモノの事は全て知りたくなる、研究者にピッタリな性。僕は『その女』の友として生涯寄り添った。死去の後も忘れられず、娘や孫にも関わり続けた。彼女達はまるで息をするのと同じだと言わんばかりに、愛するモノに命を注いで死んでいった。
 なんて蠱惑的だろう。
 どうしてこんなにも、彼女達は美しいのだろう。
 永くを生きた僕でさえ、それは分からなかった。分からなくても良かった。彼女達に寄り添えれば、それで幸せだった。
 『その女』の孫は、夫に先立たれ、娘一人を残して不審な死を遂げた。犯人を法の下に裁くべく、僕はその一人娘と接触した。
 少女と初めて顔を合わせた瞬間に、覚った。
 ――この子は、僕を、捉えた。
 そこから先は全てお見通しだ。事件を解決するまで共に過ごす時間も、その後の彼女の暴走も、願望も。
(僕を解剖して、全部を見て、標本にするという――愛の、カタチ)
 歪もうと重かろうと、それは確かに――愛なのだ。

 僕の写真で埋め尽くされた部屋に足を踏み入れる。
「大丈夫、僕は君を嫌いになったりしないよ」
 この後彼女の口から零れる言葉を知っている。
 僕は笑った。君は言う。
「何も知らない癖に」

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