足を洗う男

 足を洗う、という言葉がありますが、イヤハヤ実際、離別の土産に他人の足を『趣味で』洗う人間が居るとは思いませんでした。ええ。
 その男は洗い桶を手元に置きまして、僕の足を隅々まで洗いました。跪いていますので、旋毛がよく見えます。踏みつけてやろうかなと思った時、
「洗った方の足では、何も踏まないでくださいよ。また洗う羽目になりますから」
と声がかかりました。ちぇ、見抜いていやがると呟くと、僕はまたその行き場の無い足をぶらつかせるのでした。
 足を洗い終わらると、その男は柔らかい布と台、三色のマニキュアを持って来ました。黒、白、赤の三色であります。台に布を敷き足を乗せて、動かないで下さいね、と一言──その後の彼は何ッにも喋らずに黙々と爪を色づけていきました。先程までは美容師さながらに「痒い所はありませんか、」と揉んだり擦ったりしていた癖に、面白いもんです。手際の鮮やかさに見惚れている間に終わっちまいました。それが少しだけ悔やまれました。男に跪いて真剣に色を塗る美男子など、横から見たら余程絵になったでしょう。
 爪をドライヤーで乾かし終えた男は、「さて」と言うと、僕を見上げました。
「この後私は、貴方が不愉快になる事をしますが。寝ますか? 起きていますか?」
「この間の不始末を拭って貰ったお礼なんだ、お前の好きにすればいいさ……僕の事ァ気にせずに」
「では、遠慮無く」

 ぱくり。

 男は躊躇無く、僕の右足親指を口に含みました。
「ひぇ!?」
 思わず情けない声が出てしまい口を抑えましたが、男は本当にオカマイナシ、、、、、、に足を舐め続けました。隅々まで足を洗ったのはこの為か、と膝を打ちたくもなりましたが、如何せん爪先はこの男の口の中です。うっかり怪我でもさせたらいけないので、微動だにできません。
 男は満足行くまで指、足の裏、足の甲、くるぶしと堪能し、最後は濡れタオルで足を拭った後、最初に含んだ右足親指の爪にキスをしました。
「はい、もういいですよ。ありがとうございました」
「……いやぁ、お前さんにこんな趣味があるとは思っとらんかったよ。ふぇてぃっしゅ、つうんかね」
「私も驚きましたよ。こんなに美しい脚の美人が、プライベートだとこんな……その」
「言い辛いかい?」
 まだるっこしく言い淀む男を見て、僕は内心鼻で笑っちまいましたね。素の僕を見ても、ソトガワなんかに騙されて美人な『女』だと思ったまま。勿論僕には訂正してやる義理もありませんし、無垢な少年に現実を教えてやるほど夢のない人間じゃあありません。
 格好を整えて部屋を出る際に、こう添えてやりましたよ。
「おっさんみたい、ってか? はは! 良いよ良いよ、よく言われるのさ」

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