珈琲

「良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で──愛のように甘い」
 PCを叩く指を止めてエスプレッソを口に運んだ時、ふわりと柔らかい声が耳朶を打った。ふいと顔を上げると、バリスタがこちらを見て微笑んでいる。少しふっくらした体をゆったりとチェアにもたせ掛け、膝に読み掛けの本を伏せていた。客がほぼ居ない平日の二十一時、バリスタはいつもカウンター奥のチェアで本を読む。
「……またご主人の言葉ですか」
 茶化して言うと、バリスタはふふっと笑う。
「いやだわ、ご存知でしょう? タレーランがソレについて遺した言葉ですよ」
 ソレ、と私の手元を指差すバリスタ。
「でも、主人の口癖でもあったわ」
 マグカップを見つめるまなじりに、愛おしさと寂しさの色が浮かぶ。バリスタの薬指で光っている指輪は、初めてあった時からずっと2つだ。
「今日も、聞いてくれるかしら」
「勿論」
 ありがとう、と呟いてから語られる「ご主人」は、時に悪魔的で、時に天使のようで……この話を聞きながら飲む珈琲は、私にとっては。
(……愛のように、苦い)

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