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サナトリウムに黄笠

肺を悪くしてこの海の近くにあるサナトリウムに入院したのは、つい数ヶ月前のことだった。
院の敷地内に広がる丘に生い茂る、ひときわ高い木の向こうは小さな崖になっていて、すぐ下に海面が穏やかに波打っている。潮が引くと簡単に海底が見えるその崖の白い柵は、青い海と緑の芝生を区切る景観を美しく整えるための飾りのようなもので、院にいるまだ症状が軽い子供達はその柵を平気で乗り越えて、完全に潮が引いて砂地が現れている僅かな間に体に障らない程度に陽を浴びながら潮干狩りをしていた。俺は柵に寄りかかってそれを眺めながら、こりゃあ飛び込んでも死ねねぇなと1人納得していた。簡単には死ねない遠浅の海で採れたアサリはとても美味かった。
施設にいる医療従事者は、子供達を潮干狩りに連れ出したり、重症患者をとてもきめ細やかに世話していたが、どこか特有のよそよそしさというか、隔たりを感じた。不治の病で次々と人が死んでいく、この施設特有の匂いなのだろうか。そう思うほど、ここでは良く人が死んだ。自然と患者たち同士の交流もどこか希薄だった。
清潔で、明るく、美しい場所だったが、空気に薄い靄がかかっているような、そんな静けさがこの場所にはあった。

「今日は、今日からここで働く事になった医者の黄瀬です。宜しく」
前任の先生が急なお達しで遠方に出向くことになり、新しく若い男がやってきた。若先生は都会の大きな病院で働いていて、とても美しいお顔立ちをしていて、その上とても優秀らしい。いつも静かな院内が嘘のように若先生が来るまでの数日、女達の噂話がさざめいた。
「宜しくお願いします、先生」
西洋人のような髪色をして、軽い声色で話し掛けてきた男に面食らいながら、挨拶をし返す。
「先生なんて、かたっくるしいのは止めてください、年も俺の方が下ですよ」
「そんなことを言われましても、先生は先生ですから」
「そんなお偉いもんじゃあないですよ、医者ってやつは」
「じゃあ、これでいいか、黄瀬先生さんよ」
急に口が悪くなった俺に、気を良くしたように黄瀬先生は笑った。
「それ、いいっすね!ここで年が近いの笠松さんぐらいだし、仲良くしてください」
おかしな先生だな、と思った。あと僅かばかりの時間で居なくなる人間に仲良くとは。
その時は、この先生を可哀想な奴だと思っていた。



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