丘を越えて(5/5)
その後戦闘を再開し、仕返しとしてガットゥーゾにビリハリハの花粉を吸わせ、動けなくなったところを畳みかけ無事倒すことができた。
「アスカ、なんであんな無茶したんですか!」
戦闘が終わるや否や、怒りと悲しみの入り混じった顔でエステルが詰め寄ってきた。
「ほんとだよ!血流してたし、毒ですごく苦しそうだったしで心配したんだから!」
『悪かったよ』
「ったく、かばって死にかけてちゃ話になんないわよ」
『…おっしゃる通りで』
カロルとリタからも叱責の言葉を受ける。反論のしようがない。
「で、無茶した訳を話してもらおうか」
『え?あー…その、あたしのせいでエステルが狙われたし、エステルがケガすんの嫌だったから』
「だからって…」
「とりあえず、もうあんな無茶はやめとけよ。次こそエステル泣いちまうからな」
--------------------
その後も魔物の相手をしつつ獣道を進んで行った。すると、急に視界が開けた。
「うわあ……」
道を抜けた先に広がる光景にエステルは呆然とし、崖の方へ駆けていった。
一同は先に行ったエステルに続いて行く。
「これ……って……」
「ユーリ、海ですよ海」
眼前に映るのは一面の蒼、広大な海。壮大な景色に全員見入っている。
海を初めて見るであろうユーリ、エステル、リタは特にそうだった。
吹いてくる潮風が肌を撫でる。
「わかってるって。……風が気持ちいいな」
「本で読んだことはありますけど、わたし、本物をこんな間近で見るのは初めてなんです!」
胸の前で手を組み、目を輝かせながらエステルは海を見つめている。
「普通、結界を越えて旅するなんてことないもんね。旅が続けばもっと面白いものが見られるよ。ジャングルとか滝の街とか……」
『本でしか知らなかったことも、本では知れないことも見られるさ』
カロルの言うジャングルと滝の街の心当たりをぼんやり思い出し、エステルが見たらどんな反応をするのだろうと想像した。
「旅が続けば……もっといろんなことを知ることができる……」
「そうだな……オレの世界も狭かったんだな」
「あんたにしては珍しく素直な感想ね」
「リタも、海初めてなんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「そっかぁ…研究ばかりのさびしい人生送ってきたんだね」
「あんたに同情されると死にたくなるんだけど」
そう言うリタの表情は本当に嫌そうだった。
「この水は世界の海を回って、すべてを見てきてるんですね。この海を通じて、世界中がつながっている……」
「また大げさな。たかだか水溜りのひとつで」
「リタも結構、感激してたくせに」
リタが腕を上げたのを見て、カロルはとっさに頭を抱えた。しかし、襲ってこない衝撃に恐る恐る顔を上げると、リタはすっと手を降ろしていた。
「あ、あれ……?」
「これがあいつの見てる世界か」
「ユーリ?」
「もっと前に、フレンはこの景色を見たんだろうな」
「そうですね。任務で各地を旅してますから」
「追いついて来いなんて、簡単に言ってくれるぜ」
話に耳を傾けつつも、蒼の景色に探している父を思い出し、思いを馳せる。
『(一体、どこにいるんだか……)』
「エフミドの丘を抜ければ、ノール港はもうすぐだよ。追いつけるって」
「そういう意味じゃねえよ」
「え?どういうこと?」
「さあて、ルブランが出てこないうちに行くぞ」
「ノール港はここを出て海沿いの街道を西だよ。もう目の前だから」
目に焼き付けるかのように海を見つめ続けるエステルにユーリが声をかける。
「海はまたいくらでも見られる。旅なんていくらでもできるさ」
「…………」
「その気になりゃな。今だってその結果だろ?」
「……そうですね」
「ほら、先に行っちゃうよ」
そう言って走り出したカロルにユーリが忠告する。
「慌ててると、崖から落ちるぞ」
ユーリがそう言ったと同時にカロルは崖から落ちそうになった。
「うわあああっ!」
腕を振り回し、何とか踏みとどまったことに、安堵のため息をついた。
『危なっかしいなあ』
「バカっぽい……」
一同が進み出したところで、墓石のようなものが建っていることに気が付いた。
『墓…か?』
墓石に近づき屈み、目の前の海を再び見つめた。
『(ちゃんとした所ではないけど、こんなきれいなとこに葬ってもらったからまだ幸せかな…)』
誰のものかはわからないが、目を閉じ手を合わせた。
立ち上がったところで先を行くカロルが声をかけてきた。
「アスカ、何してんの!置いてっちゃうよ!」
『わかってる、今行くよ』
それを見ていた人物がいたことにあたしは気づかなかった。
← →