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君がそうさせたのに





 左官屋の仕事の時間帯は様々だ。
 父親と二人、フリーで工務店の下請けなどをしているのも関係しているのかもしれないが、世の会社員と同じ時間から働く事もあれば、早朝や深夜から働く事もある。
 今日の仕事は日が落ち、街が色とりどりなネオンで染まってからで、仕事を終えた頃にはすっかり日付が変わってしまっていた。
 門田は仕事道具を手際よく片付け、今し方まで作業をしていた建物を出ると、外はネオンは輝いているものの、どんよりとした空気と空はしとしとと冷たい雨を降らせていた。
 流し見だったが、今日も天気予報は見ていた。だが雨を知らせるマークは愚か、降水確率も低くかった為傘など所持はしていないし、折りたたみ傘を携帯する程用心深い性格でもない。
 門田は止む気配の無い雨を降らせる空を見上げながら大きく溜め息を一つ吐き“今日はずぶ濡れ決定だ”等と考えながら視線を空から下ろし、自分の帰路へと向けた。
 深夜ではあるが人通りのある歩道。
 車道と歩道を分けるガードレールに腰を下ろす見覚えのある人物の姿。
 雨が降っているにも関わらず、傘もさしていない。さずにコートのフードは被り雨除けをしているのだろうが、防水性があるコートではないので、フードに付いたファーの先からは大きな水滴がポタポタと落ちている。
「あれ? ドタチンだー! 偶然だね?」
 門田の視線に気付いてか、ガードレールに腰を下ろしていた男は、わざとらしい声で言葉を吐きながら首を傾け、笑顔を見せた。
「そう呼ぶなって言ってるだろ……で、何してんだ」
「ふふ。いやー。今日はシズちゃんがしつこくてさ、疲れちゃったからちょっと休憩?」
「…嘘をつくな」
 臨也の目の前まで歩み寄り、門田は呟くように言葉を発し、臨也の頬を伝う雨の雫を親指の腹で拭ってやった。
「嘘なんてついてないよ? シズちゃんと追っかけっこしたのもホントだしね」
「そうか」
「そうだな……ドタチンの顔が見たくなっちゃったんだ。て言えば信じてくれるのかな?」
 悪戯っぽく笑う表情とは対照的に、嫌みのような言葉に普段の何か企んだような響きはない。
「それは光栄だ。なら、早く行くぞ」
 門田は言葉を言い終えると同時に臨也の腕を掴み、ガードレールに腰を下ろす体を立たせると、引きずるような勢いで歩き出した。
「ちょ、ちょっと。ドタチン? 随分と今日は積極的だけど何処に連れて行く気?」
「俺の家だ」
「わー! ドタチンてば大胆ー!」
 からかう言葉をぶつけられたが、門田はその言葉を耳に入れてもいないように口を引き結んだまま閉じ、返事は返さぬままただ前に足を進める。その反応に臨也も言葉を付け足す事もせず、掴まれた自分の腕に視線を向け、唇を噛んだ。



「シャワーの使い方は…分かるよな? あと着替え出して洗濯機の上に置いておくからな?」
「ドタチンは相変わらずな過保護っぷりだねー? 懐かしいなー! 高校時代もさ」
「いいから早くシャワー浴びろ」
 一体いつから雨に当たっていたのか、臨也のコートは絞れる程雨水を含んでいて、身体も冷え切っているはずなのに、話足りないと言わんばかりに昔話に花を咲かせそうなのを門田は遮るように口を挟み、風呂場の脱衣場を出て扉を閉めると、その姿に声が追いかける。
「はいはい。まーったく。ドタチンてば昔より口うるさいお母さんみたいだ」
 脱衣場の外にいる門田に聞こえるようにか、それは大きな一人言で、門田は思わず口元を緩めながらリビングへと向かった。
 リビングとは言っても、門田の住まいは臨也の仕事場も兼ねている広い住まいとは違い、1Kなのでリビングが寝室も兼ねている。
 安い組み立て式のパイプベッドの脇に配置しているタンスから臨也に着せる為の服を出し、風呂場の脱衣場へ戻ると先程までここにいた臨也は門田の言う通りシャワーを浴びていて、変わりに数分前まで臨也が着ていた服が濡れているにも関わらずきっちりと畳まれて置かれていた。
(なんで変な所で几帳面なんだ……)
 そんな事を思いながら臨也の濡れた服を持ち上げ、洗濯機の中に放り込み蓋を閉めるとその上に着替えの服を置く。
 風呂場からはシャワー音と、どこか聞き覚えのある曲を奏でる鼻歌が聞こえ、それが門田には酷く懐かしく感じた。

 再びリビングに戻った門田は濡れた服を着替え、乾いたタオルで髪を適当に拭くとようやく一言つき、壁を背もたれにその場に座り込んだ。
 ふと、視界に入ったのは部屋の隅に数冊積み上げられた本。それはどれもが学生時代に読んでいた本で、いつも当たり前のようにそこにあっる物が今日は酷く気になってしまい、手を伸ばし一番上に置かれた本を手に取る。
 長い間そこに積んでいた本はうっすらと埃を被っていて、首にかけていた頭を拭いたタオルで表紙の埃を拭き取ると、本を開きパラパラとページを捲った。
「懐かしいの読んでるね?」
 いつの間にそこに居たのか、門田の前には顔を覗きこみながら笑顔を見せる臨也が居た。
「それ、昔も読んでたよね? 俺が何回も面白くないよ。て教えてあげてるのにドタチンってば読むの止めないんだもんなー」
 口を尖らせイジケた表情で言いながらも、臨也は胡座をかいて座る門田の太ももを跨ぎ、そのまま腰を下ろした。
「どうした?」
 向かい合わせで座られた門田は眉間にシワを寄せたり、臨也の行動を咎めたりはしない。ただ行動の意味だけを訪ねるが、臨也はその問いかけに返事は返さず、門田の手にあった本を邪魔と言わんばかりに取り上げ、門田の肩へ頭を乗せた。
「よしよしして? 今日はドタチンに撫でてもらいに来たんだよ。だから…ね?」
 門田の肩に乗せていた頭を浮かせ、鼻先を門田の首筋に擦り寄せる。耳元で囁く言葉は挑発するような声色とは違い、甘く熱を持っていて、その声を聞いているとゾクリと身体が震えた。
 降参と言うように深く息を吐き、臨也の背中に腕を回し大きな手でゆっくりと頭を撫でる。すると望みが叶った臨也は小さく笑い声をあげ、門田の背中に腕と脚を絡め抱きついた。
「好き…ドタチンが、大好き」
「……そうか」
(お前が好きなのは、俺じゃあないだろ。俺が、人間だからだろ? 分かってるのに、何で俺はお前を嫌いになれないんだ)



 明かりの消えた薄暗い部屋に、未だ降り続く雨音と、毛布を掛け床で眠る門田の寝息だけが響く。
 臨也は壁へ向けていた身体を反転さ、ベッドの端へ移動すると寝息を立てる門田の顔を覗き見た。
「君は…優しすぎる。俺が嫌いなくせに、俺が近付いても結局は俺を許すんだ…」
 身体に掛けられたら布団を顔まで引き上げると、門田の香りが臨也の身体を包み込み、まるで抱き締められてるみたいだと感じさせた。

「ねえ、その本面白くないよ?」
「そうか…」
「登場人物が普通過ぎない? 雨の日は恋しい相手に会いたいって言うのも…」
「俺は、少し分かる」
「そうなの? じゃあね、俺がドタチンに会いに行ってあげる!」
 笑顔で提案すると、門田は驚いた顔をしたが直ぐに薄く笑い、返事の代わりに臨也の頭を撫でた。

 そのやり取りは学生時代の事で、雨が降ると臨也は必ずそれを思い出していた。けれど、今日会った時の反応を見ると、門田はもう忘れてしまったのかもしれない。
「ドタチン……」
 名前を呼ぶ声はやはり小さく、寝ている門田を起こす為の声ではなかった。
(こんな自分を教えたのは、君なんだよ? だから……)
「君の愛が、欲しいよ」







素敵なお題を生かせてれば良いのですが…
参加させて頂きありがとうございました。


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