夢のキミ

夢に出てくるあなたはいつも笑っていた。
それは、夕日が綺麗な浜辺でだったり。きらきらとネオンに染められる街中だったり、街灯だけの静かな道の途中だったり。
今回は、星が綺麗に見える展望台だった。
夢の中でさえも、私を翻弄する貴方に私は惚れ込んでいると自覚する。

ねぇ、仁美さん。
決まって佳香ちゃんは私をそうやって呼んで、犬のように懐こい笑みを向ける。
どうしたの?と問いかければ彼女は幸せだね、とまた笑う。
そうだね、幸せすぎて夢みたい。
笑って答えると彼女は悲しそうに笑う。眉を八の字にして、ポロポロと今にも涙を零すのではないかと思うほどに。
「夢よ、仁美さん。全部夢なの」
夢から覚めたらもう逢えないのだからと言い放たれて私は胸が重くなった。その言葉は夢で逢瀬を重ねる度に言われていたことだった。
解りきっていても、夢の中の彼女に逢いたくて私は眠りにつくから。

「そろそろ朝だね、仁美さん」
ゆったりとした口調で私に告げる佳香ちゃん。私はそれをまるで今知ったかのようにぱちくりと瞬きしてみせる。
「もう朝なの?」
「そう。だからお別れだね」
私の髪を撫でて笑うものだから、歳上の威厳なんてものは早々に捨てて、身を任せる。
優しい手つきで撫でられて、ほんのすこし照れ臭くもあったけれど幸福感が私を包む。
甘えられるのはいまだけである。それにだれも見ていない。夢のなかの登場人物は私と佳香ちゃんしかいないのだから。

「また逢えるよね?」
そう問いかけると彼女は毎度困ったように口元を緩ませて、うんと二文字の言葉をくれる。
しかしその日はいつもとは違った。
「どうかな。逢えたら、それは奇跡だと思うな」
「どうして?」
掴みかかるように佳香ちゃんの手を取る。
数秒の沈黙の後、佳香ちゃんはやんわりと制止するように私の肩を掴み、私を一度だけ抱きしめた。
「今日が最後だったの。叶えられなかったデートを夢の中でだけ過ごせるように願って。今日が最後の。一番来たい場所だったんだ。」
改めて見渡してみる。先ほどまであんなに綺麗に輝いていた星が消え、遠い向こうに朝焼けの空が広がっていた。
「また、来ればいいじゃない。最後なんて言わないで」
縋り付く私に微笑み、彼女は視線を空へと移した。
「本当は夢なんかじゃなくて、現実で仁美さんと一緒に見たかったけど、それも叶わない。身体もない、声も、姿も。そして、夢から覚めたら仁美さんは私を忘れちゃう」
そんなことないよ
こんなときに出る言葉は掠れたもので。自分でも呆れるくらい、こういう場面に慣れていないようだった。
「あのとき、出会えて。突然別れてしまったけれど。夢の中でもう一度逢えたことはなによりも幸せだった」


それは触れるか触れないかわからないくらい細やかなキスだった。
段々と薄れゆく意識。最後にみた彼女の表情は涙で濡れた頬を隠す事なく、それでも健気に笑う姿だった。


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