愛していたと呟いた唇

なぜか、彼女と私はなにかしらの関連があった。
たとえば、現場が一緒。
同じメーカーのカフェラテが好き。服の雰囲気が一緒。
腐れ縁?みたいな関係。
そんな彼女と私。
もちろん仲が悪いわけではなかったが、距離感はあった。

「じゃあ、お先に」
失礼します、と頭を下げ一足先に現場から立ち去れば私は行き着けのカフェへと急いだ。
今日は寒い。
だからこそ、お気に入りのカプチーノを飲んで気持ちを入れ換えたかった。




店内に入ると私は窓側の席につき、マスターにカプチーノを頼んだ。
はい、と柔らかく微笑んだマスターを見て、私も自然と目を細める。


しばらくして、どうぞと出されたカプチーノを口に運びながら、また先ほどの出来事を思い出す。



私と彼女は関連が多いことは先ほど説明した。
別に彼女が嫌なわけでは、なかった。むしろ光栄なくらいで。
しかし、今回に限っては、できるなら彼女とは関連を持ちたくなかった。
まさか、同じ人を好きになるなんて。


本人に確認していないけど。噂になるくらいだから、確実だろう。

争いたいわけじゃない。
だけど、好きな人を譲る気なんておきないわけで。
そうなると、やはり私と彼女は恋敵という関係になる。


「あれ?」
カラン、とお店の扉が開く音と共にそこにはタイミングよく現れた美静の姿が見えた。私のほうへと近づいてくると、まるで約束していたかのように私の向かい側の席に腰を下ろした。

「…どうも」
「奇遇だね」
そういって笑う彼女は、清らかで。
自身を見つめてみると、大違いだと知る。

「なにか頼んだらどうですか?」
視線を空にさ迷わせながら、私は彼女に声をかける。
目を合わせたら、なにもかも見透かされている気分になるから。

「うん。…じゃあカプチーノ2つお願いします」
私の言葉に笑いながら同意し、彼女は目の前を通りかかった店員さんを呼び止めれば、注文する。
私はただ黙ってその行方を見ていた。




「佳香は」
そういって口ごもる彼女はどこかしら悲しげに見えた。

「はい?」
「セツが好きなんだよね?」
「はい」
「そっか。そうだよね」
1人で納得していく彼女は、口元を両手で被いながら笑っていた。
その行動いまいちわからなくて首を傾げる。


「美静は…」
口を開いた瞬間、店員さんにより運ばれたカプチーノにより邪魔をされる。

2つ置かれたカプチーノ。
その1つを私の前へと置くと美静は自分の方のカプチーノに口をつける。

「これ」
「だって、もう無くなっていたから」
指差されたカップを見てみると、そこには液体なんてものは全く無くて。

「お金…」
「私のおごり」


遠慮なくどうぞと勧められると、断るわけにもいかず。
私は2杯目になるカプチーノに口をつけた。
温かさが全身を包む感覚。

「…私の好きな人はセツじゃないよ」
思い出したように紡がれた言葉は、やはり悲しげだった。
「他の人なんですか」
「うん…」
衝撃的事実に、思わず彼女を見つめてしまった。
だけど、誰なんですか?なんて聞けるわけがなくて。

「愛していた、からね」

「愛していた…」

「行動で表していたつもりなのに、相手はなにも気付かずに他の子ばかりを好きになるから」

どこの誰だろう、と考えながら、再びカプチーノを飲んでいると、優しげに見つめられていた。

「なんですか」
「なんでもない」
そういいながら、私を見つめる彼女。


店内で流れる優しげなメロディーだけが響く。
どちらもただ黙ってカフェオレを飲む。
その静けさが、逆に心地よかった。


「私ね、佳香が好きなんだ」
カフェオレを飲み干すと、美静は私に微笑んだ。


「私も好きですよ」
咄嗟に口から出た言葉に自分自身が驚く。
だけど、美静の好きと私の好きは意味が異なることは解っていた。


「うん…」
解っているよ
そう言ってくれているような気がした。


「ごめんね」
今日何度目かわからない悲しげな微笑みに、私の胸は締め付けられた。


「美静」
「今日はありがとう」

立ち上がり、去っていってしまう美静に手を伸ばす。
追いかけようと立ち上がるが、足が動かなかった。
追いかけたところで、どう言葉をかければいいかわからない。
混乱した私がなにを言ったって。美静を困らせるだけ。


カラン、と扉が閉まる音に安堵と同時になんともいえない哀しみに襲われた。



どうして、
どうしたら、



好きってなんだろう
愛してるってなに?



この気持ちの名前は?




美静はいつも私のライバルで


そんな考えが広がっていたけれど。
それは不正解だったのではないだろうか?






美静が悲しむ姿が、辛くて仕方ない。


笑っていてほしい。



いつも彼女の隣にたつ人を見ていたのは、なぜ?




本当は最初から知っていた。




ああ。そうだ。
「愛してたんだ」



渇いた唇から、泣きそうな弱々しい声が響いた。


【終】

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