少女が担ぎ込まれてから3日。
蘇芳は手慣れた様子で少女の世話をしていた。
蒼白だった顔色は今では大分血色が戻り、時おり身動ぎするようになった。
蘇(そろそろ起きてくれるっすかね)
包帯を替え、さっと身体を拭く。
蘇「あー!今日の夕餉の買い出し行くの忘れてたっす!ぬら様ー!行ってくるっすねー!」
琥「はい、行ってらっしゃい」
琥珀は縁側から返事をし、またお茶をすすった。
ばたばたとあわただしく出ていく蘇芳。
残された少女は、軽く眉をひそめた。
一方、縁側の琥珀は今後のことを考えていた。
あの少女が目覚めたら、歩けるようになるまで面倒は見る。
だが問題はその後だ。
どこの誰なのか、その辺りを調べなくては。
そう思いながらまたお茶をすすろうとしたとき。
?「…う…」
奥から声が聞こえた。
もしかして…と見に行ってみると。
思った通り、少女が目をうっすらと開けていた。
琥「…気がつきましたか?」
琥珀は声をかけたが、すぐに目を閉じてしまった。
すう、すう、と寝息が聞こえる。
琥「おやおや。ふふふ」
これで、この少女は大丈夫だろう。
あとは、目覚めるのを待つだけ。
しばらくすると蘇芳が帰ってきた。
蘇「ぬら様ー!ただいまっす!」
琥「おかえりなさい」
蘇「あの子の具合はどうっすか?」
琥「先程、ほんの少しだけ起きたのですがすぐに眠ってしまいました。でもそろそろ目が覚めると思いますよ」
蘇「ほんとっすか?良かったっす!」
じゃあ僕夕餉の支度するっすねー!と台所へ行く蘇芳を見送り、琥珀は自分の部屋へと入っていった。
―――――――――――――――
?「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
突如悲鳴が響き渡った。
何事かと琥珀と蘇芳が飛んでいくと、布団の上で起き上がった少女が頭を押さえて震えていた。
そして二人に気がつくと、恐怖を露にして後ずさった。
金色の髪が蒼白さを帯びている。
蘇芳は持ち前のヘタレが発動し動けなかったが、いち早く琥珀が動いた。
琥珀は少女に近付くとしゃがんで目線を合わせる。
琥「大丈夫です、誰も貴女に危害は加えません。敵ではありません。大丈夫ですよ」
諭すように大丈夫、大丈夫と繰り返す琥珀を、少女は怯えきった目で見つめていた。
?「な、…何者…です…ここは、どこなのですか…!」
琥「私は琥珀、こちらは弟子の蘇芳といいます。ここは私の小屋です。貴女を追ってきた者たちもここには来ません」
それ聞くと、少女の表情が心なしか和らいだ。
?「…本当…ですか?」
蘇「ほほ、ほんとっすよ!僕もぬら様も、君の味方っすから!」
少女は琥珀と蘇芳をじーっと見ていたが、どうやら彼女のなかで信用できると判断したらしかった。
琥珀は少し警戒の解けた少女の側により、色々と質問を始めた。
少女の名は刹那といい、彼女の力の暴発によりこの世界に飛ばされてきたいわゆる異世界の者らしい。
そして山にいて、そこで追われて足を滑らせたんだとか。
蘇「大変だったんすね…」
刹「…」
琥「さっきの悲鳴はどうしたのです?」
刹「…夢で…ずっと追われていて…。それで捕まって…悲鳴をあげたんです…」
琥「そうですか…」
皆が黙ったとき。
台所から香ばしい匂いが漂ってきた。
蘇「あっ!焼けたっす!」
蘇芳が台所に飛んで戻り火を止める。
蘇「ぬら様ー!夕餉できたっすよー!刹那ちゃんもどうっすか?」
蘇芳の声に、刹那は伺うように琥珀を見た。
琥珀はにっこり笑って、
琥「もちろん構いませんよ」
その言葉に、刹那はお礼を言って立とうとする。
刹「…いッ…!?」
が、ついた手首と足に痛みが走った。
琥「大丈夫ですか?見せてください……。どうやら捻ってしまっているようですね」
言うなり、琥珀は刹那の身体を抱き上げた。
突然のことに、刹那はあわてふためく。
刹「なっ…!何をするのです!自分で歩けますから、下ろしてください…!」
琥「ダメです。怪我をしているのですから負担をかけないようにしなければいけないのですから、我慢なさい」
刹「うう…」
横抱きなど記憶のなかではされたことのない刹那は、顔を真っ赤にして「このような羞恥を晒すなど…!」と呟いていたが、気にもとめずに琥珀は今の机に連れていった。
見れば金髪が薄紅色を帯びている。
琥(面白い髪ですね)
そこに蘇芳が味噌汁とご飯と焼き魚を持ってきた。
蘇「ささ、どうぞっす!」
魚の香ばしい匂いに、刹那も手を退けて料理を見つめる。
琥「刹那さん、食べられますか?手を使うのが難しければ…」
刹「…大丈夫です。両利きですから。…じゃあ、その…頂きます…」
捻挫したのは右手。
刹那は左手でお箸をとると、右手を添えて魚の骨を取り始めた。
蘇「なんか、左手でお箸を使うって新鮮っすね」
琥「そうですか?」
骨を取り、一口食べた刹那。
蘇「どうっすか?口に合うっすかね?」
刹「…美味しい…です」
蘇「はーっ!良かったっす!」
琥「蘇芳の料理は絶品ですからね」
刹「これ…なんの魚ですか?」
蘇「さわらっす!今日安かったんすよ」
刹「これ…ただ焼いただけですか?」
蘇「ふふん、実は技があるんすよ!」
琥「おや、そうなのですか?」
蘇「実はっすね、焼いてるときに油を上からかけるんすよ。そうすると歯ごたえが増して美味しくなるんす!」
琥「なるほど…よく知っていましたね、そのような技を」
蘇「えへへ」
刹「お料理、お上手なんですね。素敵だと思います」
蘇「そ、そうっすかね…」照
琥「ほら蘇芳、照れていないで刹那さんにお茶を出してくださいな」
蘇「あ、そうっすね!フンフンフーン♪」
一気に上機嫌になった蘇芳が鼻唄を歌いながら台所へ行く。
琥「さて、刹那さん。これからの話なのですが…」
刹「…わかっています。明日にはおいとまさせて頂きます」
手足に添え木をすれば、歩くくらいならできるだろう。
琥「そのあとはどうするのですか?」
刹「え?」
琥「ここを出て、どこか行く宛があるのですか?」
刹「………」
そんなものはない。
それはよくわかっていた。
刹「…し、しかし。ここの方にはお世話になりました。助けて頂いて、手当ても…。これ以上は…」
目を伏せた刹那に、ことりとお茶が置かれる。
蘇「いいんすよ!元気になるまでいたらいいっす!構わないっすよね、ぬら様!」
刹「…」
琥「ええ。私たちは貴女を追い出すつもりなどありません。貴女が十分に回復するまでいてくださって構いませんよ」
刹那は目頭が熱くなるのを感じた。
今まで、どんなところに飛ばされても一人で生きてきた。
これほどまでに温かい言葉をもらったことなどなかった。
刹「…感謝…します…」
蘇「さ、そうと決まればまずは御飯で力をつけることからっすね!刹那ちゃん、お代わりよそうっすね!」
と、蘇芳は空になっていた味噌汁の器を取り上げた。
刹「え、いや、私は…」
蘇「ダメっす!刹那ちゃんはここ数日栄養取ってないんすから!そんなじゃ治るものも治らないっすよ」
問答無用でよそわれた味噌汁を苦笑いしながら受けとる刹那。
琥珀はそんな二人を優しい笑みを浮かべて見つめていた。
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