一面の畑や草原…普通の人間には見えないであろう、地脈の乱れた跡。
私達が派遣されたのは、城の周りとはかなり雰囲気の違う…ダリ村のような辺境の農村地帯だった。
「ミノンちゃ〜ん、お疲れ様っ!」
「あ…。」
ゆっくりと辺りを見回していた時、私は私達の…立場上は上官である女性に声をかけられた。
「良かった〜元気そうで。けっこうハードだったから倒れりゃしないかと!杞憂だったのなら幸い。」
リア・ダイモンズ様──この隊の長であるこの人は、ベアトリクス様が私の受け入れを頼んだ時にいち早く了承して下さったらしい。何故なのかは知らされていないが、悪意は全くもって感じなかった。
「御付きの方もお疲れ様〜まあ、貴方が疲れてるとは思ってないんだけどね!」
「………。」
とても元気な──ヒトの形をした妖。
初めて会った時から、とても気さくに接してくれた。
◇
ガーネット様に呼ばれて入った謁見室には、ベアトリクス様と同じ年頃の女性がいた。
「こんにちは〜!はじめまして、貴女がミノンちゃんね?」
すごく綺麗な色合いが印象深い、ぱっちりとした紫の瞳。後ろで一つに纏め上げられた、うっすらと紫がかった長い白髪。
とても美しい人だった。ガーネット様もベアトリクス様もすごく綺麗だけれど、この人には少し違う指向の美しさがある。
…しかし…私が何より美しいと思ったのは、さりげなく纏われた──気高さすら感じさせる魔力だった。
(…妖だ。)
直感というより、肌でそう感じる。
そう、彼女は…かなり高位の妖だった。
「私はリア・ダイモンズ。こー見えて、ちょっと前まで聖騎士隊の隊長をしてました!」
「…は…はじめ…まして。」
差し出された手を取る。手袋越しでも柔らかい感触…とても優しい手だった。
「うわ…かっわいい〜っ!ねえ陛下、本当にこのコ連れてってもよろしいんですか?」
「え…ええ、もちろん。ずいぶんと気に入ったのですね?」
「当然ですよ〜!も、ベアトリクスに聞いた日から会うのが楽しみで楽しみでしょうがなくって!」
(…[ベアトリクス]?)
将軍であり名門<ローズ家>の当主でもあるという彼女を呼び捨てにする軍の人がいるとは思わず、少し驚いてしまう。もしかすると…親しいのだろうか。
「…聞いたのは昨日なのでしょう…?」
「昨日から一晩も待ってます〜!」
「そ…そう。」
「これからよろしくね、ミノンちゃん!わからない事あったらどしどし聞いちゃって!」
「…あ、はい…。」
綺麗な瞳でまっすぐ見詰められる。魔性の美…という言葉が頭の隅を掠めた。
「……リア?先程も言いましたが…その勢いで彼女に無理をさせない様、気を付けて下さいね?」
「は〜い!」
「…ミノン、大丈夫ですか?」
溌剌とした笑顔。
女王に対してすら媚びる事も飾る事もなく、ただまっすぐな瞳。
…ただ素直に、好感が持てた。
「…はい。…よろしく、お願いします…リア様。」
◇
「さーて。これから貴女達は、日暮れまで自由行動になります。」
「はい。」
「しばらくはここに陣を張っての活動になるから、疲れちゃった時や困っちゃった時は遠慮なく戻って来てください。…以上!では、健闘を祈ります!」
「そちらこそ。」
輝く笑顔のまま自然になされた敬礼に、頭を下げる事で応える。自分は軍の人間ではないと認識しているからだ。
「ありがと、じゃあまた後でね〜!」
手を振りながら走り去って行くリア様。
「…あ、くーれぐれもミノンちゃんに怪我させんじゃないわよ〜!」
不意に立ち止まり振り向くと、サラマンダー様に叫んでからまた走って行った。
「………。」
上方から聞こえる短い溜め息。
「…どうかなさいました?」
「……騒がしい奴だと…思っただけだ…。」
「…え…あの、私は…良い方だと…。」
「良い奴だろうがうるせえもんはうるせえ。……行くんだろ。」
「あ……はい。」
目を瞑って地脈を読む。
感じた滞りに、私は迷わず足を向けた。
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