あの旅が終わった直後の俺には、明確な目的もなければ行き先もなかった。ただぼんやりと、また仕事を始めようと考えていた。

しかし荒れ放題だった住処を適当に片付けていた時、ダガー…アレクサンドリア王女から呼び出され、復興の手伝いを要請された。提示された報酬も悪くはなかったし、ほぼ二つ返事で請け負った。

そして2日前…ジタンが無事帰還し、こいつが空から降って来た翌日…王女に再び呼び出された。





兵に導かれて謁見室へと入る。やはり城などという場所には好感は持てず…仕方ない事とはいえ居辛さを拭いきれない。

「……今度は何だ。」

「…城下はどうですか?」

「………特に。」

「そうですか…。」

俺のそっけない返答にも気分を害した様子はなく、ガーネット姫は丁寧な態度を崩さずに続けた。

「…本日はお願い申し上げたい事があり、お呼び致しました。」

「………何だ。」

「…わたくしは…今後、ミノンに復興を手伝って頂きたいと考えております。…もちろん、彼女の同意が得られれば…ですが。」

「……それで?」

「もしそうなれば…あなたに、彼女と共に作業にあたって頂きたいのです。」

「………は?」

あまりにも突拍子の無い話に、つい反応が遅れる。

「彼女を見知らぬ人々の中で一人きりにするのが心配なのです。…無理な…お願いでしょうか。」

「………理由は…本当にそれだけか?」

感じた不自然さをそのまま声に出すと、ガーネット姫はふっとその表情に陰を落とした。

「……ねえ、サラマンダー…あなたは…ミノンが……怖い?」

突然目の前の君主が、よく知る少女[ダガー]になる。

「………どうだかな。」

「…否定は、しないの?」

「……さあ。…強いて言うなら…あいつ自身は怖くなんざねえ。」

「……わたしは、全然怖くなんかないわ……怖いだなんて、思った事もない。」

静かな口調に強さを滲ませて話すダガー。

……この黒髪の少女は今、[ダガー]だ。[ガーネット]ではない。

しかし[ダガー]は旅の間から…いくら隠していても、間違いなく深窓の姫君だった。

「………。」

「…彼女の存在を、一部の貴族が知っているの……彼女は一度、この国に手配されてるから…。」

「……手配?」

「ええ…お母さまが、戦争中に…。…勿論、もうそんな事はないわ。でも…その手配は…彼女の、あの力についてで……それを知る貴族達が…。」

「…あいつを危険視している?」

「……ええ。」

想像通りの短い肯定。

ある意味、当然と言える結果だ。直接本人と関わった事もなく、断片的な情報しかない状態であいつを危惧しない方が…人間としてどうかしている。

「…わたし、わかって欲しくて何度も言ったわ。彼女は危険なんかじゃない…人間の心を持った、優しい人だ…って。だけど、理解してはもらえなかった。…それで…彼女の起用に条件を出されたの。」

「……まさか、それが俺の付き添いか?」

「ええ。危険でなかったのは、周りにわたし達パーティーがいたからかもしれない…って。……建前は…ね…。」

呟く様に付け足された言葉を、俺が聞き逃す事はなかった。

「…建前?…じゃあ本音はなんなんだ。」

「……どう見たって、[野放しにしたくない][手綱を着けたい]…こんな風な失礼過ぎる考えは明らかだったわ。信じられなかった…仕方ないって、納得するには…あまりにも辛かった…!ミノンは、そんな人じゃないのに!」

その時の憤りを思い出したのか、話しながら激すダガー。

「………それは詭弁だ。…あいつが危険じゃねえと、どうして言い切れる?」

「…!?…サラマンダー、あなたは…ミノンを、信じてはいないの!?」

「……あいつを信じるのはおまえの勝手だ。だが…裏切られても、文句は言えねえぞ。」

「どうして…!?あなたは、彼女とあんなにも一緒にいて…彼女の事を、理解していると…信じていると、思っていたのに…!」

……[信じる]。

彼女はその言葉を容易く口に出せ、あまつさえその行為の実行すら出来る人間なのだろう。

だが、それは万人に当てはまらない。特に…他人を[信じる]という行為が心から出来る人間は稀少だと、俺は思っている。

少なくとも、俺にはハードルの高い行為だ。この半生の中で[信じ]て来たのは己の腕のみ…他人を[信じ]る様じゃ、あの世界は間違いなく生き抜けない。

価値観の違いを今さら言及するつもりはないが──俺は闇に潜む人間で、少女は箱入りのお姫様だった。

「…危険でないと信じるに値する程…あいつは強くねえ。あいつの脆さを理解しているからこそ、あいつが危険なのは否定しない。」

「…っ…!」

恐らく…大国の王女である彼女が、[自分より強い存在(モノ)]への恐怖──誰かの庇護下に在れない者ほど感じるそれを理解出来ないのは、必然なのだろう。それは悪ではないが、純粋さは時に仇となる。

「大事なのは、あいつを一人にしねえ事だ…その貴族らの言った事は、強ち間違いじゃねえ。」

「………。……では…彼女と共に、いて下さるのですね?」

「………ああ。」

ガーネット姫は至って冷静な表情を浮かべると、深々と頭を下げた。

「……感謝致します。…彼女にお話をするのは、また後日と考えております…それまでは、今のお仕事にお戻り下さい。」

「…わかった。」






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