わざわざ人払いをしてくれたのか、食事部屋には僅かな警固の兵以外だれもいなかった。
「いただきましょうか。」
「はい。」
二人でただ他愛のない話をしつつ、簡素な食事を口に運ぶ。[贅沢][王室御用達]などという言葉からは程遠い…旅の間にとっていた様な朝食に自然と心が和む様だ。クイナ様が作ったものだというのもあるのだろうか。
「…お話って…何ですか?」
ガーネット様が食べ終えた頃を見計らって切り出す。すると彼女は…少し表情を堅くして答えてくれた。
「…今日はあなたに…アレクサンドリア女王として、お願い申し上げたい事がございます。」
「……え?」
急に口調を改めて居住まいを正したガーネット様の、真摯な黒い瞳に見詰められる。
「…あなたとは、ずっと[ダガー]として共に旅をして参りました…しかし今は、女王[ガーネット]としてお願いがあるのです。」
「………わかりました。お聞かせ願えますか?」
「はい。」
次の瞬間、綺麗な薄桃色の唇から紡がれたのは…私を驚かせるには十分な言葉だった。
「…我が国に、あなたのお力をお貸し下さい。」
「………え?」
「ご存知の通り、我が国はいま国を懸けての復興活動の最中にあります。ですが人手は足りず…何より、力が足りないのです。…この願いは、率直に言うならばあなたの<力>をお使い頂きたいという事…あなたがいかがお感じになるのかは、存じ上げられません。しかし…わたくしは、それでも…不躾とも承知で、あなたにお願い申し上げたいのです。」
「………。」
驚き過ぎて、静止してしまう。
偶然か…いや、必然なのか。
その[お願い]は…たった先程、私が<アレクサンドリア女王>にお願いしようと決意したばかりのものだった。
「……ミノン?」
僅かに眉根を寄せ、心配そうに首を傾げるガーネット様。…理由は何となくわかっている。
私が以前、ジタン様に自らの力を嫌悪していると伝えたからだ。
確かに、私は自分の力を嫌悪している。……いや正確には、していた。
更に正確に言えば、むしろ好いている位だ。いま私が皆様と共に在れるのは…この力のお陰でもあるのだから。
持つが為に憂き目に遭う事も多いが、大切な人達と共に生きられ…助ける事さえ出来るこの力を、どうして嫌えようか。
「…私の力でよろしいのでしたら…どうぞ、その御心のままに。」
「……え?…ほ…ほんとに良いの?断っていいのよ、あなたの事だから言い出せないのかもしれないけど、嫌なら正直に…。」
途端に<アレクサンドリア女王>が影を潜め、<ダガー様>が顔を覗かせる。その入れ替わりの自然さに、私は思わずくすりと笑ってしまった。
「嫌だなんて、とんでもない。…私の方こそ、ずっとお願いしようと考えていたんです。復興をお手伝いさせて下さい…と。」
「え…本当に?」
「ええ。ですからこれは私の意思です…こちらこそ、お願いします。」
「あ…ありがとうっ!…っと…。」
姿勢を正すガーネット様。
「あなたに心から感謝致します。このガーネット、一個人として…そして国民の代表として、お礼申し上げます。」
深々と頭を下げられる。…頭を下げたいのはこちらの方だ。
「こちらこそ感謝申し上げます。私の力、どうぞ存分にお使い下さい。」
ほぼ同時に顔をあげると不意に目が合って、二人で笑った。
「…出来れば、加えてお願いがあるのですが…。」
「はい?」
「実は…是非、一緒に作業をして頂きたい方がいるのです。」
「……一緒に?」
力を使うにせよ、何にせよ…私は一人の方がやりやすい。…わかってくれていると思っていたけれど…。
「…恐らくあなたには、形式上とはいえ軍に混ざって働いて頂く事となるでしょう。…ダガーとして、あなたをお一人にするのは不安なのです。」
…言われてみれば最もだ。確かに私は、初対面の人との意志疎通がままならないい時が多々ある…けれど、そんな私に一緒にと言うなんて…それは誰?
「………。…どなたで」
「ご歓談中失礼致します!」
口に出しかけた疑問符の一端は、警固の女兵の声に遮られてしまった。
「陛下、そろそろ謁見室に入られるお時間かと思われます。つきましては、そろそろ…。」
「……本当だ!ごめんなさい、ミノン…お話の途中で申し訳ないのですが、……あ…もしよろしければ…わたくしについて来ては頂けませんか?恐らく、そうお待たせしないと思うのですが…。」
「え?…ええ、わかりました。」
よくわからないまま、私は少し急ぎ足のガーネット様について行った。
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