「………は?」

突拍子もない答えに、随分と間の抜けた返事をしてしまう。

「好きなの。だからね、幸せになって欲しいのよ。」

さも当然といった様子で繰り返すリア。その[好き]はどこかミノンの言った[好き]に似ている気がしたが…そういった事に疎遠な俺に、何故なのかはわからなかった。

「…今日確信したわ。あの子、人に甘えるの下手っぴでしょ?別に信用してないとかじゃなくて、そういう性質みたいね。だけど、本当は誰かに守ってもらいたい…守ってもらって安定するタイプだわ。」

何故そう言い切れるのかは甚だ疑問だ。…しかし反論の余地もない程、リアの見解は正しい様に思えた。

「………。」

「頼り過ぎなんて言ってたけど、あの子の事だから遠慮ずくめの中の甘えなんでしょ?…本当、もっと頼っちゃえば良いのにね…あの夜みたいに。あれが本心なんだからさ…。」

「……何故それを俺に言う…。」

「あら、じゃあ言い換えるわ…もっと頼らせてあげれば良いのに。パニックになる前に不安な気持ちを話せる位…辛い時に本心を曝け出せる位。……そうしたら…あんな風に一人で決断して、一人で苦しむ事もなくなるかもしれない…。」

「………。」

あの夜、得体の知れない恐怖でパニックになったミノン。
その後、人殺しの咎に苛まれて一時正気を失ったミノン。

それは…不安を訴える確固たる術と対象を持たなかったからなのか?

…同じ年の頃の俺には術も対象もなかったし…今もない。不安がないとは言わないが、誰か他人に話すなどとは考えた事もなかった。しかし今まで特に不自由を感じた事はないし…これからもないだろう。

…──違い過ぎる。

気配りが出来るだとか、人心の些細な動きにも聡いだとか言われる──他人の心をよく知る人間にならともかく、他人の心に疎い人間に…あいつの理解など到底不可能じゃないのか?

「……それが…俺である必要は?」

「え?」

「…わかってんだろうが、思いやりとやらには縁遠い人生を歩んだ人間だぞ?」

「あらやだ、たった20何年で人間決めないでちょうだい。…貴方、一人の人間とこんなに付き合うのって初めてなんでしょ?だからよ。」

「はぁ?」

ヤケに年寄り臭い台詞に続けられる、不可解とも思える論理。

「だからこそ、あの子の事を新鮮な目で見られる…私達よりずっと確かに、ミノンちゃん自身を見ていられるはず。…良いじゃない、あの子のこと嫌いなの?」

「……いや。」

「じゃあ好き?」

以前と同じ質問をされた事にはすぐに気付いた。どうしても聞き出したいのだろうか。

「……わからん。」

「…そう。…私は好きよ…可愛くって、守ってあげたくなっちゃう。」

「……それが…[好き]なのか?」

「…それは人それぞれかしらねぇ……定義できるもんじゃないし。」

息を深く吸うと、リアは空の双月を瞳に映し込み…しかし遠くを見る目をして言った。

「今日の事でわかったでしょ?私達と同じ方向を見てても、ミノンちゃんには全く違うものが見えてる。そしてきっとそれは、誰にも理解されない。あの子は今までも…これからも、ずっとひとりぼっちなのよ。」

「……だから?」

「…あの子にはね、支えてくれる誰かが必要なの。…まんざらでも、ないんでしょ?」

「………。」

…初めて会った時から、いつもどこか独りだったミノン。

泣くでも笑うでもなく、年頃の娘らしくはしゃぐでもなく…あいつはただ、そこに存在しているだけの少女だった。

──どうして私は世界からいなくなれないの…!?

その秘められた心の叫びを聞いた時、あんな言葉を二度と言わせたくはないと…ただ漠然と思った。あんな風に感じる様な環境に、あいつをこれ以上居させたくないと理由なく感じた。

…あの時、俺は生まれて初めて…誰かを思いやった。

今もその気持ちは変わらない。だからこそ、女王の依頼も承諾した。……だが。

「……どうすりゃ良いのか…わからねえんだ。」

「え?」

「…人を支えるってのは……何なんだ?俺は…知らない。」

「………。」

少しの沈黙の後、にこりと笑ってこちらを向くリア。

「…大丈夫。」

形の良い唇から紡がれたのは、不思議な響きの…魔法の様な言葉だった。この世に在る全ての紫とも違う紫の瞳と目が合った瞬間すべてが遠くなり、辺りが幻想的な空気に包まれる。

「貴方が望めば、それで。」

ただの言葉であるはずのそれは…不可思議な程に強く確かな響きを持っていた。

「………。」

「……初めて会った時、[こんな可愛げも愛想もない人がミノンちゃんの傍にいるなんて!]って思ってごめんね。貴方ぜんっぜんそうじゃなかったわ!」

一瞬にして消え去る夢幻の世界。

「…はぁ?」

「ミノンちゃんに対してすっごく優しいねって事!」

「……わけがわからん。」

「あっそ〜。」

リアはまた唐突に立ち上がると、俺にびしっと人差し指を突き付けた。

「…邪魔しといてなんだけど、早く寝なさいね。ミノンちゃんの護衛なんだからきちっとしてよ?じゃーねー!」

走る様に去って行くリア。猫も顔負けの身勝手さに暫し呆けてしまう。

(…変なやつ…。)

しばらく嵐の後の静けさを味わい、夜更け頃になってから俺もようやく寝所に入った。



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