「今はこうして瓶中に封じ込めてありますが…かつて実際に効力を発揮したものもある様です。」
「………。」
瓶を手渡された瞬間、確かな禁忌の気配を感じる。
中に入っているのは、いくつかの白濁した玉だった。一見すると大きめのビー玉の様だが…明らかにそれとは違う。封じられていようと明らかな歪みは、今もなお理を乱している様な気さえもさせた。
「…わかってはいたけど…嫌な感じね。」
小さく呟くリア様。
「いろいろ雑ざって地脈が訳わかんなくなっちゃってんのが一番やだっちゃやだけど、心休まらないったらありゃしないわ。」
…気付けなかった。
あの程度の結界内にあっただけで、これほど禍々しい気配に気付けなかった。
あの程度の気の乱れに惑わされて、この街に蔓延った禁術に気付けなかった。
…私が気付けない内に…鎮魂歌は確実に増えていた。
「…ベアトリクスもよく平気ね、こんなとこにずーっといて。」
「いえ…これほどに酷くなったのは最近ですし、今も耐え難い程というわけでは…。」
「…偉すぎだわ。スタイナーにはもったいない。」
「き、貴様…好き放題言いおって…。」
「悔しかったら地脈の乱れがどれだけイラつくか知ってみなさいよーっだ、この鈍感男。…ね〜ミノンちゃん。」
「……えっ?」
急に話を振られ、渦巻いていた自己嫌悪から外へと意識が移る。
「サラマンダーにも話したげなさい、ミノンちゃんにしかわからない辛さ。どーせわかっちゃいないんだから。」
「…え…そんな…。」
「遠慮しないのー。一人で悩むほど収拾つかないものもないわよ。ちょっとは頼りにしてあげなさい。」
「………。」
…先日、みっともない本心を打ち明けた私をサラマンダー様は拒絶しなかった。どころか慰め、支えてくれた。あとから考えれば、何より酷い言葉の連続だった…それなのに、謝る必要はないと言ってくれた。
それでも…きっと内心では嫌われたか、呆れられたと思った。
だから…頼っているから、大好きだからこそ…もう本心を話しはしまいと誓っていた。
手の中で禍の結晶が音を立てる。
「……もう…頼り、過ぎています。」
「そーかしら?」
「…はい。」
上を見上げると、金の瞳と目が合った。
「ね…サラマンダー様。」
「………。……俺にはわからん。…んな事より、ソレは何なんだ。本当に死者を甦らせるのか?」
促され、瓶の中身に目線を戻す。術式の仕組みはとうに把握出来ていた。
「いいえ…力を幻影に変えるだけです。魂など、戻る訳がない…器となる身体もなければ尚更。……でもその幻影は触れる事も出来るし、話す事も…食べる事だって出来ます。まるで…本当に甦ったかの様に振る舞えるんです。」
「…かなり、精巧な術なのですね。」
「それこそが…禁じられる所以なのかもしれません。死者を想う人にとって、その幻影は決して幻ではないのです。もう一度会いたいと願う人に逢え…あまつさえ触れる事すら出来た……その幸せは、真実なのですから…。」
「…愛しい人に一瞬でも会えるんなら…命なんか惜しくない、か。死ぬって分かってて手出す人もいるのかもね…。」
「…はい。」
その人達を、私は止める。悲しみの連鎖は…悲劇的終焉(バッドエンド)しか産み出さない。
「……解呪の方法はあるのですか?」
「この玉を壊すだけです…玉自体は、とても脆いですから。」
依り代の破壊という、最も単純かつ初歩的な手法でこの術は解ける。…だからこそ…危険でもあるのだが。
「……詳しいお話、誠に為になったのであります。」
「ありがとうございました…ぜひ、明日からでも役立てましょう。」
「流石ね!やっぱ貴女すごいわミノンちゃん。」
「…お役に立てたのなら…何よりです。」
瓶をそっとベアトリクス様に返す。元通り机の結界の中に封じてもらうと、ほんの少しだけ気分が楽になった。
「…ではミノン殿、これにて自分は失礼いたします。お体にお気をつけて……サラマンダー、頼んだぞ。」
「………。」
「…ミノンちゃん、私達も帰ろっか。もうお外真っ暗だわ。」
「……はい。」
「じゃーねベアトリクス!また来るわ〜!」
「はい…お気をつけて。」
ごく自然に握られる右手。当たり前の様に後ろに感じる気配。
強く生きるはずの私は、重く暗い感情に囚われて…それを意識する事も出来なかった。
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