「ミノンちゃ〜ん、ちょっと良いかしら?」

「…あ…はい。…おかえりなさいませ。」

日没後、新たな拠点となった民間居住区…その外れに生えた大樹の上で気を探っていると、地上からリア様に声をかけられた。城から戻って間もないのか、華美ではないが繊細な装飾が全体に施された礼服姿だ。

「はいただいま。ごめんね邪魔しちゃって…ついて来てくれる?」

「はい。」

無意識と言って良いほど自然に羽を出して地上へと降りる。するとリア様はふわりと微笑んだ。

「あら、天使が降りて来たわ。」

からかい混じりの綺麗な笑み…避けようもない不意討ちに、顔が真っ赤になる。

「ごーめんごめん、さぁ行こっか。」

リア様は私に合わせてくれているのか少しゆっくり…しかし迷いなく歩みを進めると、民家を補修したものの様だがきちんとした造りの家屋の戸を叩いた。

「特殊部隊隊長リア・ダイモンズです。」

「お聞きしておりました。どうぞこちらへ。」

内側から扉が開く。控えていた女兵二人は揃って恭しく敬礼し、私達を二階へ案内した。

「では、私どもはこれで。」

また番に戻るのか、表情一つ変えずにまた敬礼して去って行く女兵達。

「…さぁてと…。」

一体誰に会わされるのか…どう見ても軍の要人用の警備に堅くなっていた私は、一瞬耳を疑った。

「…ベアトリクスしょーぐん、入りますよ〜?」

「どうぞ。」

涼やかな声で返って来る短い了承。

「失礼しまーす。…さ、ミノンちゃんも。」

にっこり笑って手を引かれる。質素な部屋の中でも失われない気品を纏い凛とした表情で机の前に座っていたベアトリクス様は、優雅に立ち上がるとリア様と敬礼を交わした。

「よく来て下さいましたね…リア、ミノン。連日お疲れのところ申し訳ありません。」

「いいえ、お召しとあらば当然……あーれ、サラマンダーは?」

「じきにいらっしゃるはずですが…まだお会いしておりません。」

「もー何やってんのよ〜…やっぱ私が連れて来れば良かった。」

誰にかは知らされなかったが、呼ばれたと言ってサラマンダー様は夕方頃に出掛けてしまった。一人きりという状況がこの2週間ほとんどなかったせいか、楽だったはずの一人は少し落ち着かず…自分でも驚いた事は記憶に新しい。

「仕方ないでしょう、きっともうじきですよ。」

まったくもう、と腰に手を当てるリア様を宥めるようにソファを勧めるベアトリクス様。その扱いはどこか手慣れている様な気がして…親交があるという想像はあたりかもしれないと思った。

「ミノンも、こちらへどうぞ。」

向かい合って置かれたソファのうち、リア様とベアトリクス様とは反対側を勧められる。大きさに戸惑いながら真ん中に座った時、ふっ…と嫌な気配を感じた。

(……?…元々かな…。)

重い様な、混沌とした様な…昼に感じた違和感と似た気の乱れ。

今もなお正体はわからず戸惑っていた時、下の方からカシャンカシャンカシャンカシャン…という耳慣れた音が近付いて来た。



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