何となく少女の存在を感じ――昨日見た笑みが脳裏に甦る。月光を受けて咲き誇る白い花達は、明かりを灯しているようにも見えた。仄かな紫を宿して揺れる。

草原の中央には一つの人影があった。冷たい夜風が促すように背中を撫でる。彼が足を進めて近づけば、それは見知った者の姿だった。何かを腕の中に包み隠すように座り込んでいる。

「よく、こんなとこわかったな。」

短く跳ねた髪。銀の飾りの付いた服。黒い背中を見せたまま……それでも彼の存在はわかりきっているかのように、ユウキはどこか戯(おど)けた口調で語り始めた。

「…………やんなっちゃうよな。こんなキレーな顔してさ……まるで、眠ってるみたいだ。つねってやったら、『何するのよ!』って……怒って……笑って……。」

でも、笑わねえんだ。――そう付け足し、腕の中の存在を抱えて立ち上がる。

「……軽いもんだ。こんなちっさな身体で……こんなほっそい身体で……世界ひとつ守ったのか。……ほんとに、頑張りすぎだ……。」

彼に向かって語りかけるような――しかしどこか独り言のような話ぶりだった。目的は見えない。愛おしむように抱き締めると、ユウキは赤と青……二つの月が輝くようになった空を振り仰いだ。

「……昔っからさ、人一倍がんばり屋さんなんだ。小さくて弱いのに、周りに守ってもらえんのに……それに甘えずに……強くなりたい、強くなりたいって突っ走る。周りが止めたって聞きゃしねえ。絶対に、守られるんじゃなくて守れるようになるんだって……そいつが、夢だって……。」

ユウキが言葉を途切れさせ、下に目線を戻す。小さく笑うような吐息が聞こえた。その表情(かお)は見えない。

「夢が叶って、幸せなんかな。……いつも、遺される側だったからってさ……だからって、こんな……。」

静かな風が花々を揺らしながら吹き抜ける。ユウキは立ち尽くしたまま、しばらく何も言わなかった。彼が口を開く。

「……死んだのか?」

その言葉の持つ切っ先は理解していた。しかし、彼はそうはっきりと形にした。何も知らずにいる痛みよりは――切っ先が向けられる痛みを選んだのだ。

「さあ、な。」

「…………どういう意味だ?」

「……おまえにとって、生きてるって何?」

彼の質問に、ユウキは質問で返した。風に揺れる黒髪の合間からピアスが見え隠れする。

「息ができること? それとも血が流れてること? それとも物が食えること? それとも心が動くこと? それとも……明日になったら、今日とは違う自分に会えること?」

「…………。」

「……ごめんな、わかんなくて良いよ。つーか……答えられたら、それはそれでショックだ。そんなに簡単に答え出るもんじゃねえし。」

ユウキが不意にくるりと振り返る。

音もなく――泣いていた。

「……生きるって、何なんだろうな。俺も美音も、生きてんのかな。生きてるって、どういう状態なんかな。」

さくさくと花を踏みしめながら、ユウキが彼に歩み寄る。彼の前で足を止めると、腕の中の存在を差し出した。

「……息は、してる。でも……意識は、いつ戻るかわからない。もしかしたら十年後かもしれないし…………もしかしたら、百年後……千年後かもしれない。……目が覚めたとしても――自我が戻るとは、限らない。もう、笑ってくれないかもしれないんだ。」

彼がごく自然に受け取る手を出す。まるで壊れ物のようにそうっと受け渡されたソレは、いつにも況してひどく軽く――儚い、と思わせた。

「結局……止められなかった。……泣かせただけだったな。」

ユウキが俯いて呟くように言う。彼の沈黙に拒否を感じなかったのか、問われないながらに言葉を続けた。

「あの時さ、会えなくなるって言ったんだ。俺は……この代償を知ってたから。救ったら、お前はもうあいつらに会えないんだって。だから、テラは俺が滅ぼすって……それでガイアが滅んだって、亜人がいなくなったって、一緒だろって言ったんだ。……なのに……。」

昨日、星の下で笑った彼女の表情が甦る。絶対に守ると――そしてもう一度来たいと、願った姿も同時に。

「守るんだって。――本当に……お前らのこと、愛してたんだな。」

「…………。」

彼がフードで隠れていた顔を覗き込む。今にも目覚めそうだった。顔色も悪くはない。薄桃の唇は緩く弧を描いていて――ケースに飾られた人形を思わせる。

「……ミノン。」

幾度となく「こちらへ戻って来るように」と願って口にした名前は、風に攫われて消えた。

「…………。……サラマンダー。」

「……何だ。」

「…………俺……もう戻んなきゃ。」

「は?」

「……俺の足元、見てみ。」

言われた通りに彼が視線を移す。――咲き誇っていたはずの花が、光を失っていた。

「美音がいなきゃ、俺の存在ってのは……こういうことなんだ。……美音のこと、よろしくな。」

一際大きな風が吹く。

空を舞う花弁の中、彼は少女と二人残された。



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