ミノンがユキに乗って向かったのは、アレクサンドリアの水源がある山の中腹だった。彼が上空から見て目を見開く。月に照らされた山間に草原があったからだ。四方は崖で囲まれ、路も拓かれていない。普通の人間が入ることは恐らく不可能だろう。

草原の端の方に降り立つと、ミノンは嬉しそうに目を細めた。一面に広がるのは――白い花。大きめの花弁に月の光を受け、闇を彩るように咲き誇っている。それは花が淡く輝いているようにも見えた。

「ああ、やっぱり、きれい……。」

彼女が呟くように吐息に乗せて言う。できるだけ花々を踏んでしまわないように気を付けながら、一歩ずつ草原の中心へと足を進め始めた。彼が後を追う。

「……やっぱり?」

「浄化する時、各地へ意識を飛ばしていて……それで見つけたんです。ずっと来たくて……。」

彼女はしゃがみこむと、一輪を優しく撫でた。風が吹き、花が揺れる。さわさわと草が擦れる音と共に、薄らと少し甘い芳香が湧き起こった。

「……綺麗……。」

立ち上がった彼女が改めて辺りを見回してからそう言う。彼が隣に立つと、笑顔で見上げた。一歩だけ距離を詰める。彼は彼女を見たまま何も言わなかった。花を愛でる習慣も愛でたこともない彼に、彼女の感性は理解し難かったのだ。

「あ……サラマンダー様、見てください、星もあんなにたくさん……!」

彼を見た時、その後ろにある星空にも気づいたらしい。彼女は嬉しそうに上を指差した。その先に双月を見つけて、すっと静かな空気を纏う。明るい青の月――暗い赤の月。見慣れて久しい。

「あのね……サラマンダー様。」

彼女につられるように月を見ていた彼は、彼女の声で目線を戻した。彼女が彼の元から三歩ゆっくりと距離を取る。下を向いた彼女は、子供が打ち明け話でもするかのように切り出した。風が吹き抜ける。

「私、すっごく嬉しいんです。大切な人を、この手で守れること。」

上を向くと、彼女はしっかりと彼の瞳を見てそう言った。

「絶対に……守ってみせますから。」

星空を背後に、笑ってみせる。――そのまま闇に溶けてしまいそうに見えた。彼が大股で距離を詰め、白い手を掴む。大した力は入れていないはずなのに、彼女は少しだけ痛そうな表情をした。しかしすぐ花のような笑顔に戻る。

「……また、……。」

「…………何だ。」

「……また…………来たいな、って。」

一面の花々を見渡しながら、彼女はそっとそう言った。彼が細い肩を抱き寄せる。

「…………来れば良いだろう。」

「……はい。」

触れる温もりを感じながら、彼女はほんの少し眉尻を下げた。

「……帰りましょう……サラマンダー様。遅くに、ごめんなさい。――ありがとうございました。」

ゆっくりと首を振ってから笑ってそう告げる。彼の反応を待たずにその逞しい身体に抱き付くと――息をするように空間転移の術を使った。



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