両者共に何かの気配を察知して振り返る。自然と彼が彼女を背後に庇う体勢をとった時、一迅の風が沸き起こった。ただの風ではない。強い魔力を纏っている。

「……っ! クジャ様!」

やがて現れた姿に彼は警戒の色を濃くしたが……彼女は驚いてその名を呼んだ。白銀の髪。すらりとした長身。それはかつてこの星を危機に陥れた、宿敵とでも言うべき存在だった。しかしそこにかつてのような気迫はなく――どこかぼんやりとしている。

「久しぶりだね、僕の天使。そして……用心棒殿? ……そんなに警戒しないで良いよ。見ての通り、今の僕には何もできないからね。」

そう言うと、クジャは優雅に手の指を広げてひらりと動かした。――瞬間、掌の向こう側が透けて見える。

「これまでの罰かな。僕は世界に、何もできなくなってしまった。使い物にならない身体から抜け出した……ただの霊体みたいなものさ。生きても死んでもいないなんて、生の執着者の末路に相応しいと思わないかい?」

「…………。……知っていたのか。」

信じ難かったのか、彼は後ろに目線を遣ってそう言った。彼女はあの旅の最後にクジャを助けに行ったはずなのだ。彼女が真実を知らないわけがないと考えたのだろう。その予想の通り、彼女は俯きがちに小さく頷いた。完全には救えなかったと知っていたのだ。傷ついた身体は今なお、あの村で保存にも近い治療を受ける状態なのだと。

「それでもこうして意識が残り、こんな風に実体化までして活動できるのは、一重に天使が助けてくれたお陰だけれどね。」

「…………何をしにきた。」

「……もう何もしないと言っているじゃないか。安心しなよ。」

未だ警戒を解く様子のない彼に溜め息を吐くと、クジャは緩やかな動作で腕を組んだ。彼女と目線を合わせる。

「告げに来ただけだよ。管理者を失ったテラの者どもが好き勝手やりはじめたのは、知ってのことだろう。奴らはガイア人類を滅ぼして魂の流れを……ひいてはこの星とクリスタルを乗っとるつもりだ。この大陸だけじゃない。間もなくガイア全域が危険に晒される。そろそろブルメシアから、あの赤いコートの女も来るだろう。既にあの街も穢されている。他の地域も、他の大陸も、時間の問題だよ。」

彼女は小さく息を呑み、そっと手を握りしめた。――判りきっていたことではあったのだ。もう、猶予はないのだと。

「……僕は今やこうなったけれど、知識はある。――ミノン。もし君が僕を必要とするなら……いつでも力を貸すよ。」

そう告げると、クジャは空気に溶けるようにして姿を消した。



「ミノン!」

ミノンがサラマンダーと共に皆の待つ部屋に戻ると、ジタンが真っ先に名を呼んだ。エーコとビビも駆け寄ってくる。

「……ミノン? ……どうしたの?」

「元気ない……?」

「いいえ……平気です。」

そっと屈み、目の前まで来た二人の頭を撫でると、ミノンはその体勢のまま深く息をした。ゆっくりと瞬きする。

「……ミノン? ……なんかつらいことあるなら、言わなきゃダメよ。エーコができることなら、なんでもするからね。」

「ボクもだよ! ずっと考えてたんだ、ボク、おねえちゃんの力に……なりたい。」

「本当に……ありがとうございます。……大丈夫です。元気は、今、頂きましたから。」

幼い支えに笑って応えると、ミノンは姿勢を直した。それからジタンの方を向く。

「……あの、アレクサンドリア城に行って……ガーネット様とスタイナー様、フライヤ様、それからクイナ様にお会いしたいのですが……。」

「え? 何か用事があんのか? ってかスタイナー戻ったのか。フライヤも来てるってことか?」

「あ、はい……。……あの、お伝え、したいことがあって……。」

「そっか、……んー……。」

ジタンが言葉に詰まったのは、ガーネットに謁見できないからではなかった。彼女が貴族達の目に触れることを恐れたのだ。渦中にこそいなかったものの、城で何が話し合われたのか、ガーネットを見守ってきた彼が知らないわけではなかった。心ない中傷に晒すのは忍びないのだろう。

「……本当に、行くの?」

そう訊いたのは、未だソファに座っていたリアだった。身を起こし、その紫の瞳でミノンの姿をじっと見つめる。

「…………はい。……行かせて、ください。」

彼女とて、自分が何をしたかを思い出していないわけではなかった。相応の覚悟を秘めた表情でリアを見返す。

「…………。」

リアは徐に立ち上がると、ミノンに歩み寄って華奢な身体を抱き締めた。

「……もう、決めたのね。」

静かにそう言う。言葉を介すことなく何かを察したようだった。姿勢を直してじっと瞳を見つめる。

「……わかったわ。私が連れてってあげる。」

事情を知るはずのリアの発言に、ジタンは眉をひそめて抗議の意思を表したが、リアは気に留める様子なくミノンの頭を撫でた。

「今日を……お望みかしら?」

「……あの、……はい。」

「うん……じゃあ、行きましょうか。……たまには二人っきりも良いわね。デートだわデート!」

どこか静かで冷たかった空気を解すように明るく言い放ち、小さな手を取る。リアが空間転移の術を完成させた時、ミノンは出入口の方を振り返った。

「…………優輝。」

「…………。」

開きっぱなしだった扉の枠に寄り掛かるように、ユウキが立っていたのだ。初めて現れた際の剽軽(ひょうきん)さは欠片も見せず、真顔で黙っている。

「…………。……ごめんね。」

ただ一言それだけ口にすると、ミノンはリアと共に姿を消した。




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