部屋を出たサラマンダーは、時おり耳を澄ますように足を止めながら建物の裏へ向かった。やがて植え込みの陰に入り立ち止まる。

「…………ミノン。」

彼が呼び掛ければ、膝を抱えて俯いていたミノンはすぐに顔を上げた。瞳には――溢れんばかりの涙。一滴また一滴と零れ落ちる。

「……っ……!」

その表情(かお)を見た彼が黙って腰を下ろすと、彼女は膝立ちになり倒れ込むように縋り付いた。逞しい首筋に顔を埋(うず)める。震える華奢な身体を、彼は優しく抱き留めて撫でてやった。彼女にしては随分と強い力が肩に回された腕に籠る。

ほんの少し前までは、強く輝いていたのに――。頼りないものなのだと、儚いものなのだと、彼が再認する。まるで風に嬲られる一輪の花のようにその心は揺らぎやすいのだ。咲いたかと思えば、ふとした瞬間に光を失ってしまう。

「……サラマンダー様……。」

ぎゅっと力を籠めると、ミノンは小さく彼の名前を呼んだ。しかし後には何の言葉も続かない。応えるようにサラマンダーが手を止めて抱き締めれば、肩口に頬を擦り寄せた。温かいものがポタポタと蒼い肌を濡らしていく。

いったい何を言われたのか――何があって泣かされたのか。よりによって、誰よりも打ち解けた様子を見せていた人間に。そう疑問に思わなかったわけではない。それでも彼は、何も訊かなかった。

「……サラマンダー様、…………。」

「…………何だ。――ここにいる。」

まるで存在を確かめるように名を呼ぶ彼女に、低く穏やかな声で答える。それでも彼女の涙は止まらなかった。不規則な嗚咽と共に吐息がかかる。やがて泣き疲れたのか、彼女はずるずるとその場に座り込んだ。抱き寄せられ、厚い胸板に頬を寄せる。

「……カンザシ……だったか。」

そんな彼女を宥める中で彼の目についたのは、花を模した飾りだった。薄桃の煌めきが黒髪に揺れる。――本当に興味を持ったのではない。しばらく出口のなさそうな彼女の気持ちを他に逸らしてやりたいものの、適当な話題が思い付かず……目についたものを選んだのだ。

「……大事なものだと、言っていたな。……だから、毎日着けているのか。」

その問いが彼女の傷に触れない保障はなかったが、不器用な彼には上手く避けながら話すことなどできなかった。彼女が横を向き、ぼやけた視界に髪から引き抜いた簪を映す。

「…………はい。……この簪は……生まれた世界にいた頃、……優輝に貰ったんです。」

彼の狙い通りの効果があったのか、彼女は初めてきちんと喋った。簪を大切そうに握りしめる。やはりあいつは特別な存在なんじゃないか――彼はそう感じたが、口には出さなかった。代わりに飾りのなくなった黒髪を撫でる。

「……そう、……優輝……。」

しばらくの間の後、彼女はまた顔を歪めてぽろぽろと涙を溢し始めた。簪を持つ手が震える。肌を触れあわせていても、感じていた距離が近くなっても、その心は読み取れなかった。ただどこか少しでも慰めになればと祈るしかない。

「…………立た、なくちゃ……。」

やがて彼女は髪に簪を戻すと、涙に濡れた声でそう言った。震える手を支えに、彼の肩口に縋るように、震える足で立ち上がる。必死に自らを奮い起たせようとするその姿勢は、彼に再度いくらかの距離を感じさせた。後を追うように彼も腰を上げる。

「……無理をするな。――支え合うのが……仲間、なのだろう。」

一人で立ったことを無にするかもしれないと、感じなかったわけではない。しかし彼は、その長い腕を使って彼女を抱き寄せた。触れあった場所から仄かな温もりが広がる。とくりとくりと打つ鼓動を右耳に聞き、彼女はそっと目を俯せた。

「私、……皆様が大好きです。あなたも……サラマンダー様も、リア様も、ジタン様も、フライヤ様も、エーコ様も、ビビ様も、ガーネット様も、スタイナー様も、クイナ様も……みんなみんな、大好きです。」

彼女が小さく息を吸い、漆黒の瞳を顕にする。そこには決意が宿っていた。まるで揺らがないと念じるかのようだ。

「……大丈夫。……守るって、決めたもの。」

自身に言い聞かせるようなその言葉を聞いた彼が腕を解く。彼女は上を見ると、一度頬を寄せ、それから一歩ずつ離れた。三歩に至ったところで、足を止める。

「……ね、……大丈夫。」

そして何かを打ち消すように、柔らかい笑顔を見せた。――どこが大丈夫なのか。そんな思いを彼が懐かなかったわけではない。しかし彼は何も言わなかった。何を口にして良いのか、わからなかったのだ。

部屋に帰る様子を見せた彼女の、せめて手だけをとろうとした、その時だった。




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