リアの使役に乗って駆けること数分。二人は起伏に富んだ山岳地帯に至っていた。空を駆けているため、これまで敵襲はない。城下を離れたこともあってか、比較的空気も穏やかだ。

しかし森林の上に差し掛かった瞬間、使役は鋭い声を上げた。なす術もなく、その場から引き摺り下ろされるように墜落していく。魔法に撃たれたのだ。思わず身を硬くして使役に掴まったミノンを、サラマンダーは後ろから強く抱き締めた。襲いくる樹々の枝から守る。

運良く繁みの上に落下した二人は、衝撃がないと知ると少しずつ目を開けた。使役の姿はない。受けたダメージに耐えられず、実体を保てなくなってしまったのだ。サラマンダーが腕を解く。振り向いたミノンは、見るからに不安でいっぱいの表情だった。撃ち落とされたのだ。敵の存在はない方がおかしいだろう。

葉を軽く払い落とすと、彼は手早く細かい傷を塞いだ。白い外套に付いていた葉も取ってやる。敵がいることはわかっているはずなのに、彼は冷静かつ無表情だった。対して彼女は今にも泣きそうな顔をしている。術は使えずとも、悪しき気配を読み取ることはできるのも一因だろう。それはまるで取り囲むように充満しているのだ。彼の行動を真似るように焔の色の髪から一つ一つ葉を除く手は、細かく震えている。

「…………怪我はないか。」

「……っ……はい、…………。」

「そうか。……なら、良い。」

やっとそう言葉を交わした瞬間、ガサリと遠くで鳴った物音に、二人は同時に反応を示した。彼女は気配を、彼は音を、それぞれ感じたのだ。

「……嫌な……気配、が……。」

「…………敵か。」

「……はい……。」

繁みから降りると、彼はその右の手に得物を纏った。同じように降りた彼女を、左の手で制す。

「……おまえはここに居ろ。」

「…………っ……。」

「……すぐに片付ける。……近くに居られれば、守りきれない。」

「…………。……はい……。」

大樹の陰に身を隠させると、サラマンダーは単身足を進めた。人の手の入っていない草地を踏み分けていく。全身の警戒を強めたその姿は、闘士のそれだった。ある一歩で飛び退くように左へ避ける。

恐る恐る彼女が気配を読み取れば、彼は悪しき気を纏う集団と対峙していた。数は十を下らないだろう。穢れを受けた草木が生気を失っていく。

「……その娘を、出せ。」

先に空気を震わせたのは敵の声だった。明らかに自分へ言及した台詞に、ミノンの肩が跳ねる。今や歪みから発生した穢れに埋もれかけているが、敵の根幹にあるのはテラの気配だった。自分の力を狙っているのだ――そう強く感じる。

「出せと言われて出すなら、隠さねえな。――何のつもりだ。」

「我らの復活。力が必要だ。あの娘は、力を持つ。我らに必要だ。」

「…………。」

彼はしばらく黙っていたが、やがて息を短く吐いた。姿勢を低くし、右腕を引く。

「……欲しいなら、奪い取れ。」



遠く離れた民間居住区。眉を寄せた表情で瞑目し、自室の椅子に腰かけていたリアは、突然目を開けた。使役の気配が途絶えたのだ。急いで二人の気を辿れば、強いテラの気が近くにあった。椅子が倒れそうな勢いで立ち上がる。

「どうして、こんなことばっかり……変わるなら、もっと……!」

そう掠れ気味な甲高い声で叫ぶと、リアは気を高めはじめた。その顔に、初めてミノン達に会った頃の余裕は見る陰もない。見る見るうちに嵐のような気を纏っていく。

一刻も早く、助けに行かなければ。――彼女がそう思い、獣の姿に変わろうとした時だった。

細い肩が、ある者に掴まれる。反射的に振り返った彼女は怒りも顕に睨んだが、相手は平然としていた。

「……喩え貴方が誰であろうと、阻むなら許しはしないわ。」

リアが力の渦の中、身の芯まで凍りそうな冷たい表情と声で言う。ミノンには――サラマンダーにも、決して見せなかった一面だった。空気が爆ぜそうな程に攻撃的な気を強まらせる。

「そんなにかっかなさるなって。――“ミノン”がピンチなんだろ?」

それにも全く動じる様子なく、相手はどこか軽い調子のままだった。自然と出された名に、リアが目を大きくする。

「今おねーさんに行かれるとさ、ちょっと困るんだよな。」

そう言うと、声の主は難なく近付き――リアの瞳を手で覆った。




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