部屋から十数歩離れたところで、サラマンダーは足を止めた。ジタンの手を放す。ジタンは力をなくしたように壁に寄りかかり、しばらく何も言わなかった。
「……オレは……何も、わかってなかった。」
やがて圧し殺された声で呟く。サラマンダーは何も訊かず、溜め息と共に腕を組んだだけだった。ジタンが天井を仰ぎ、それから下に目線を移す。
「ミノンを、守りたい。……その一心だけで、ミノンの気持ちを考えてなかった。ミノンが、あそこまでして、世界とか……みんなを守りたがってることを……理解してなかった。」
彼がいつも強く放っていた、太陽のような輝きはどこにもなかった。独白とも懺悔ともつかない言葉を並べる。その横顔は、泣きそうにも見えた。
「オレは何一つ、あいつをわかってなかったんだ。」
壁を叩けばミノンを驚かせてしまうと思ったのか、拳を腿にぶつける。じんわりと広がる痛みは、何の慰めにもなりはしなかった。共に歩めると思ったのは慢心だったのか。隣にいられると思ったのは幻影だったのか。支えられないのか、助け合えないのか、孤独を選ばせるしかないのか。彼女の幸せは、何なのか。いくら問いかけても答えは出てこない。高まるのは――失ってしまうという、焦燥感だけだ。
「……おまえがそう思ってるだけで、あいつは支えられるんじゃないか。」
どれだけの静寂の後だっただろうか。サラマンダーはゆっくりと息を吐くと、低い声でそう言った。ジタンが顔を上げ、彼の表情を見る。その目はまるで遠くを見ているようだった。
「以前……ビビにも、同じことを言った。理解しようとするだけで、十分じゃないのかと。誰にも理解されない世界に……生きるあいつを。」
ただ静かに、淡々と語る。そこに感情は欠片も見えない。しかし、深くにはきっとあるはずだ――と、ジタンは感じた。なければ、こんな言葉を選び出せる訳がないと。
「…………おまえは、してないのか?」
ジタンがそう問いかけると、サラマンダーは短く聞き返した。目線がジタンに向き、初めて僅かに感情が見える。
「おまえは、……理解しようとしてないのか?」
そう言葉を補われ、サラマンダーはそっと目を俯せた。その様子を見たジタンが、本当に人間味が濃くなったと内心頷く。表面上は出会った時からあまり変わらない。しかし仲間と呼べる人と触れあい、大切と思える少女を守りながら、内面は確かに変わったのだ。
「…………わからん。……あいつには、わからないことばかりだ。」
長い沈黙のあと目を開けたサラマンダーが、そう吐き出すように言う。その言葉を聞いて、ジタンは確信した。彼は確かに彼女をわかろうとしているのだと。わかろうとしているから、わからないと気づけたのだろうと。彼女を前にして何も言わなかったのは、言う気がなかったのではない――思いやるばかり、言うことができなかったのだろうと。
「……そっか。……いつ、戻る気なんだろう。――本当に、戻る気なのかな。このままで、……良いのかな。」
「…………さあな。……ま、すぐにいなくなりはしないと思うぜ。」
サラマンダーはそう呟くと、ミノンの部屋を一瞥してから歩き出した。ジタンがどこに行くのかと問えば、腹が減ったと返す。まるで非情なようで、大切に思っている――そんな不均衡に、ジタンは後を追うことしかできなかった。
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