「……私には……守ることなんか、できないから。壊してしまうことしか、できないから。」

その纏う空気は、あの日と同じだった。サラマンダーの脳裏に霞んだ光景が浮かぶ。黴臭い地下の石壁。灯火のない牢獄。自由を奪う呪符と鎖。彼女が、ずっとそこにいると言った――あの日と。

「……私は、あなた方を傷つけたくないんです。」

彼女が顔を上げる。その目の宿す光は、冷たい宝石にも似ていた。

「…………。……ミノン。」

小さく名を呼んだジタンが、まっすぐに立つ。下を向いていくらか沈黙した後、彼は引き結んでいた唇を開いた。前を見据え、意思の強い瞳で彼女を捉える。

「……おまえの、……その……力が、暴れてしまうのは――おまえの心のせいなのか?」

彼女は答えなかったが、その細い肩は僅かに反応を見せた。

「だったら、……だったら!」

ジタンが初めて激する。

「オレ達を頼ってくれ! もし憎しみが怒りを呼ぶなら、抱かせやしない! もし悲しみが心を暗くするなら、慰めてみせる! 完全に楽にできはしないかもしれない、だけど、おまえをひとりで苦しませやしない! おまえは、ひとりじゃないんだ!」

その声は部屋中に響き渡った。彼女の瞳に、一瞬だけ人らしい光が戻る。

「……前にも、こんなこと言ったよな。……本当に、そう思うんだ。おまえはやっぱり軽々しくって思うかもしれないけど、オレは本気だよ。収められるように、なるから。おまえの心の傍に、いるから。オレだけじゃない、みんな傍にいる。みんな、おまえのこと、大好きなんだ。」

「…………お優しい、のですね。」

しかしそれはすぐに消えてしまった。再び俯いた姿勢になり、目線も逸らされてしまう。

「いいえ……わかっていました。……私……皆様の優しさに触れて決めたんです、皆様を守るって。そのために強くなるって。……それは、背を向けないことだと思ったんです。この力が――危険だということに。」

生気を失わず、しかし大切なものを失ってしまった瞳。見ているとは感じるのに、何を見ているのかはわからない。外で風が音を立てる。

「……傍にいたい。……そう思ってしまったから……だから、私はあなた方を傷つけた。きっとそれは、変わらない。いくら……私の心が明るくても。きっといつか、傷つけてしまう。……私は、……それなら、私は……――ひとりを選びます。」

ヒトとしての気持ちと、モノとしての力。二者の食い違いの解消を彼女は幾度も試み、その度に結論を出した。ある時は、弱さに目を瞑ってひとりでいると――ある時は、ひとりでいられないから強くなると。そして、守るために強くなると決めた彼女は、全身全霊で力を使った。その結論として……ひとりでいると言ったのだ。それが、強さだと。

「一緒にいて、もう、強さはたくさんもらったから。だから私は……ひとりで大丈夫です。誰も……傷つけないところに、行けます。」

その言葉を聞き、ジタンが肩を震わせる。微かに呟かれた「どういうことだよ」という問いに、彼女は粛々と答えた。

「――<神>に、戻ります。」

言葉の一つ一つが、やけに重く響く。それは、違う世界に生きると宣言されたようなものだった。人としての心を捨て、人としての絆を捨て。

「私、平気です。」

笑おうと、したのだろうか。

中途半端に空気だけを動かした彼女は、それきり何も言わなかった。俯いて動かないジタンに、薄蒼い手が伸びる。一度だけミノンをその目に捉えた後、ジタンはサラマンダーに連れられて出ていった。静寂だけが残る。

衣擦れの音の中、彼女はそっと胸元を握りしめた。




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