サラマンダーとジタンは、スタイナーの案内で兵の駐屯場に向かった。ミノンが倒れた瞬間から当然のように彼女を抱えていたサラマンダーが、空き部屋の粗末な寝台に細い身体を横たえる。外套を脱がせ横髪を退ければ、顕になった頬は蒼白だった。生気を感じさせない血色の悪さは、痩せるはずがないとわかっていてもやつれたように思わせる。
少し話をしてくるといってスタイナーが席を外した後、二人は共にミノンの傍らでその目覚めを待ちながら押し黙っていた。互いに思うところは多すぎるほどあるのだが、どれも言葉となりはしないのだ。特にサラマンダーの方は普段から内面を口に出さない性質であることもあるだろう。静寂を打つように風がごうごうと窓を叩く。日暮れが近いせいか、空気の赤黒さは時と共により一層増していくようだった。朱に紛れるように夕闇が忍び寄ってくる。
完全に夜が街を包んだ頃、ジタンは水を貰ってくると言って立ち上がった。壁際で腕を組み瞑目していたサラマンダーがすっと瞳を顕にし、静かに頷く。
彼が横目で見れば、ミノンは時を止められたように眠っていた。寝返りも打たなければ寝息も聞こえない。呼吸をしているのか……彼がそう思ってしまったのは無理もないだろう。大股に寝台へ歩みより、白い頬に手をあてる。――最初は冷たかったが、やがてじんわりと温もりを感じた。微かな胸の上下も知り、踵を返す。
一つ短い溜め息を吐くと、彼はその足で部屋の明かりを灯しにかかった。ジタンが先ほど歩きにくそうにしていたのを思い出したのだ。
その優れた夜目を活かして、彼が予備のランプの置場所を探し当てた時だった。風が一瞬止み、その隙間を埋めるように衣擦れの音が響く。窓際に置かれた寝台の上には、月光に照らし出された人影があった。彼がランプに火を灯す。するとその直後、扉がそっと開いた。ジタンが戻ってきたのだ。
「ミノン! ……良かった、気分はどうだ?」
少し安心したようにそう言ってからゆっくりと近づき、身を起こしていたミノンの肩に触れようとする。――しかし彼女は、彼が触れる前にその手を払い除けた。
もちろんそれは弱い力であり、大した勢いもない。そのはずなのに、音はぴしりと静寂を裂いた。ジタンがよろけるように一歩ずつ後ずさりする。
「……私に、近づかないでください。」
彼女は俯くと、下ろした手を握りしめた。声はひどく平淡だ。まるで――震えを抑え込んだように。
「……何……言ってるんだよミノン、……気にするなよ、あれはオレのミスだ。」
距離をとったまま、最初は詰まったように……やがて前のめり気味にジタンが言う。しかしその声は響いてはいなかった。冷たい静けさの中で、彼女が口を開く。
「お忘れになったのでは、ないでしょう? 私が、あのお屋敷でしたことを。」
記憶の封印が――。サラマンダーは内心いくらか動揺したが、僅かに目を瞠るだけに留めた。同時に術者である女に対して眉を顰める。彼女は感情を見せないまま言葉を切ると、白い手袋を嵌めた手を開いて見つめた。散った赤の幻影に、再び握りしめる。
「あなた達を傷つけた。見境もなく。自分を、見失って。」
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