「じゃあ、私……ここにいるから。……ミノンちゃんによろしくね。会えることを祈ってるわ。」

「……ああ。」

図書館の本棚の陰でそう申し合わせると、サラマンダーは予定通りに行動を開始した。同時にリアも集中する。

もともと気配を絶つことに秀でている上、リアの魔法で姿を隠しているため、彼の方を振り返る者は皆無だった。魔法の気配に敏感な衛兵達の意識は、リアが密かに撹乱している。

地下への仕掛けはまるで導く様に作動した。先の事件のため看守も囚人も大幅に増員されていたが、誰一人彼の存在には気づかなかった様だ。さらに奥へ進み魔封じの域に入ってしまえば、リアの魔法は解けるが看守の目もない――ある程度の魔力があれば魔封じの空間は居づらいからだ――……首尾良く彼は深部まで入り込んだ。

こんなに簡単で良いのかと疑いつつランプに火を点け、石造りの扉を押す。黴臭い通路脇には空の独房ばかりが立ち並んでいた。梯子が縄梯子に、石畳が砂利に……徐々に悪くなっていく設備には、それだけ使われない場所だということが見てとれる様だ。それと相反するかの如く、押し込める様に重たい空気は濃くなっていく。

己が大した魔力を持たないことに珍しく感謝しながらも、彼はすっと眉を潜めた。――彼女が、この先にいるということ。そして……かつて同じ様に魔封じの掛かった場所で、彼女が突然体調を崩したこと。それが頭を過ったのだ。

さらに深くへ入り、いっそう重く冷えた空気が濃くなった時……彼は一度足を止めた。それから改めて歩き出す。

「……――ミノン。」

彼が数歩進んでから照らした先――そこには、そこだけヤケに綺麗な広い牢があった。容易には中が見えないほど重ねられた鉄格子。その上に張り巡らされた鎖。一面に貼られた呪符。――まるで災禍成す疫神を閉じ込める様な封印の中で、彼女は太い鎖に縛られていた。

「………ミノン?」

抱えた膝に顔を埋めたまま微動だにしない彼女に、彼が再度声を掛ける。あの日から――僅か5日。だが……ひどく長く離れていた様に、彼には思えた。

「……ミノン、……聞こえないのか。」

一番近い場所に膝を付いてまた呼び掛ける。だが、やはり彼女は動かなかった。仄かな橙に照らし出されたその装いは、いつもの着物でも、まして囚人服ですらなく……あの日のままだ。

「………聞こえないなら、良い。応えたくないなら……良い。……俺が、おまえの顔を……いや、姿を……見たかっただけだから。」

一体、自分は何をやっているのか。一体、自分は何がしたかったのか。一体、自分は何をするつもりだったのか。――彼がそんな自嘲の笑みを浮かべる。ここに来て、自分が姿を見せて、彼女の何が変わるというのか。ここに来て、彼女の姿を見て、自分の何が変わったというのか。何一つ、答えは見つからない。

思わず溜め息が漏れ出る。だが、彼がゆっくりと腰を下ろした時……何よりも望んでいた声が響いた。

“……サラマンダー様……?”




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