「ご機嫌麗しゅう、陛下。」

扉を開き、現れたのは――蜂蜜色の髪を持つ女だった。ベアトリクスの纏う気が僅かに冷える。

「……アニエッタ……。」

「皆さんお集まりで、何をお話しになってましたの?私(わたくし)を招いてくださらないなんて……寂しいですわ。」

彼女が小首を傾げると、眩い髪がさらりと肩を滑り落ちた。優雅に扇で口許を隠しながら、細めた目許に笑みを浮かべる。

「……ごめんなさい。」

「まあ、その様に、恐れ多いですわ……構いませんのよ、私も知っていて参らなかったのですもの。」

そう言うと、彼女は楽しそうにドレスの裾を揺らしながらガーネットに近づいた。ベアトリクスが彼女を庇う様に立ち位置を少しずらす。それを見てアニエッタは一瞬だけ眉を動かしたが……何事もなかったかの様に続けた。

「それより……私、お願いを思い付いて参りましたの。」

「………何でしょう?」

「いま話題になさってました……牢にいるあの娘(こ)、私に貸してくださいませんこと?」

議論の渦中にあった人物が持ち出されたことで、貴族達の意識がいっそう会話に集中する。

「……どういう意味ですか?」

「簡単なお話ですわ。皆が恐れるのは、あの娘が私達に対して牙を向くことでしょう?ですから私が、あの娘に鎖を掛けます。もちろん、あの娘の意思は尊重いたしますわ……いかがでして?陛下。」

「……意思を尊重する?」

ぼそりと貴族の一人が呟いたのを聞き、アニエッタはまた楽しそうに笑った。

「残念ですが、私にもあの娘の意思を無視して鎖を掛ける程の力量はございませんの。それに、そんなことは陛下もお望みになりませんでしょう?ですから、あの娘の意思には逆らわないのですわ。……とっても良い考えではなくって?」

「………本当に、彼女の意思を尊重するのですか。」

「ええ、もちろんですわ、陛下。……皆さんも、構いませんわよね?」

疑われたことを気にする風もなく、扇を弄びながら変わらない調子で続ける。同意を求められた貴族達は渋々ながらも揃って頷いた。

「……我らにとって、臣民にとって、国にとって……危険がないなら。」

「ね、陛下。私に、あの娘を預けていただけません?」

もう一歩距離を詰めて再度繰り返す。しばらくの間の後、ガーネットは静かに首肯した。

「………わかりました。」

「ガーネット様……!」

初めてベアトリクスが感情を顔に出す。

「……ベアトリクス、わたし……彼女を信じてみたいの。……くれぐれも、彼女をよろしくお願いします、アニエッタ。」

「ありがとうございます、陛下。それでは……早速。失礼いたしますわ。」

優雅に辞儀をすると、アニエッタは機嫌良く裾を揺らしながら出ていった。貴族達がひそひそと話を始める。

「……皆、この件は今の通りで良いですね?」

「はい、陛下が望まれるのならば……もちろんです。」

「では、わたくしはこれで失礼させていただきます。……行きましょう、ベアトリクス。」

「はい。」




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