「……ガーネット様。」
「…………わかってるわ。……わたくしなら、平気です。」
彼女達が向かった先には、集められた――口々に説明を迫られたために、集めざるを得なくなった――貴族達が勢揃いしていた。ゆったりと形式的な挨拶を交わしつつ、部屋の空気で早急な説明を求める。
「さて……ローズ卿、まずはご説明願えますかな。――何故、あの娘がこの事態を引き起こしたのか。」
一通り済んだ後、集められた貴族の中では最高位の家の出である男が真っ先に口を開いた。ゆったりとした話振りだが、所々に有無を言わさぬ雰囲気が見え隠れしている。
「……彼女はガーネット様の御身が危険に晒された時、その場に現れました。直後、何故か賊の一部が彼女を狙いました。それを彼女の警固の者が庇い、重傷を負いました。それを目にした彼女はその場の賊を殲滅し……更にリリー邸へ向かいました。」
「そこであの殺戮を引き起こしたと?では要因は復讐ですかな。」
「失礼ながら陛下、その時の彼女に貴女方の声は届いていたのですか?」
そう問いかけたのは軍を退役した女だ。ガーネットの表情がいっそう硬くなる。
「………いいえ。」
「おお……なんと恐ろしい。何が鎖だ、やはり人との絆など当てにならぬではないか!」
感情的になった老爺の言葉に、ベアトリクスの眉が一瞬動く……が、彼女はそれだけに留めた。――この冷静さが、彼女に纏わる悪い風評の大半を形作っているといっても過言ではないだろう。感情が殆ど読めない……それは庶民を恐れさせるだけではなく、貴族達にとっても不都合な要素なのだ。
「今その娘はどこにいるのじゃ?」
「地下の最深牢ですとか。」
年老いた男の問いに、貴族然とした装いの女が答える。
「そうでしたわよね、ローズ殿?」
「……ええ。」
ガーネットの心情を慮ってか、ベアトリクスは控えめに肯定を返した。ざわざわと潜め声の会話が湧く。
「最深……あの例の、魔封じの牢か?」
「……歴史に見える……まさか、まだ存在したとは……。」
ごく少数の限られた者のみがその存在を知る――ただでさえ地下深い牢の、奥の奥に隠された独房。長きに渡り使われていない……史跡とも言うべき存在のはずだった。
「……そのままそこに捕えておくのですか?」
「危険な……我々の力ではいつまで留められるかわからん!」
老爺が再び声を荒らげる。ガーネットの心中にも気づいていない様だ。――否、気に留めてもいないのだろう。
「ならば刑に処せとでも言うのか?」
「そうも行きませんわ。私達を遥かに凌駕する力の持ち主ですもの。」
「追放するにもする先がない。あんな危険な娘……。」
いくらか理知的な意見も、危険視しかしていないのは明らかだった。長年に渡り国を支えて来たという自負がある限り――保守的にならざるを得ないという面もあるのだろう。
「鎖を掛ける魔術はないのか?」
「掛けたとしても破られるに決まっていますわ。」
「あの力に太刀打ちできる術士は<紫>のみ……それも不意討ちで、やっとできるかの瀬戸際と聞きました。」
「だからあの女の元に預けたのじゃろう。」
「留めるも危険、放すも危険……なんと厄介な……。」
ガーネットはその遣り取りを黙って聞いていた。控え立つベアトリクスがそっと横目で顔色を窺う。――辛い状況になるとわかっていて……国を守る義務感のため、この場に出ることを受け入れた主君。“貴族会”であるためスタイナーがいないこの場で、彼女を護れるのは自分だけだとベアトリクスは強く感じていた。
「……いっそのこと、利用しては?」
行き詰まった沈黙の中、一人がぽそりと呟く。
「利用?」
「強い力の持ち主だ、手綱さえ持てれば……これ以上の武器はない。」
「問題はその手綱だろう。誰が掛けるのだ。」
「やはり、地下深くに封じておくべきではないのでしょうか?」
「ああ。娘に叛意がない限り……我らに危険は及ばぬ。」
二人を余所に、貴族達は勝手に話を進めていった。やがて、じっと耐えていたガーネットが僅かに手を動かす。――発言の意思のサインだった。
「……皆の者、ガーネット様からお言葉です。」
ベアトリクスが凜と響く声で議論を遮る。
「おお、何でございましょう、陛下。」
不自然なまでに従順な言葉とともに、貴族達はさっと話をやめた。ガーネットが一度深呼吸してから口を開く。
「……わたくしは、彼女をその様に扱う気はありません。彼女は物では、まして武器などではありません……一人の人間、個としての人格が尊重されるべき存在です。」
それまで黙っていたのとは対照的に、彼女はよく通る声できっぱりと言い切った。沈黙の後、ざわざわと潜め声が起こる。
「………。……お言葉ですが陛下。」
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