次の日、飛空艇は目的の古城に到着した。まるで天井が2つある様な珍妙な見た目だ。
異変が起きたのは、いつもの様にジタン様が入り口で攻略の算段を立てていた時だった。サラマンダー様がジタン様に勝負を挑んだのだ。どちらが早く<鏡>を見つけるか、と。
サラマンダー様は単独で行動するという。
「…………。」
行かないで。一緒にいて。
次々と心に浮かぶ言葉達。――しかしそれらが、ただ一つとして唇から出て行くことはなかった。きっと、必要なことだから……そう自分に言い聞かせて見送る。
見慣れたはずの大きな背中が、急に遠く見えた。
X-Dイプセンの古城
城の内部は迷路の様で、武器に対する厄介な呪も施してあった。可愛い見た目なのに強い魔物もいて、苦労はさせられたが……しばらくの探索の後、それらしい部屋にたどり着く。
「……遅かったな。」
<鏡>の嵌められた壁の前では、サラマンダー様が待っていた。自分が早かったということは自分が正しかった……だからもう、一緒にいる必要はない。そう言って、振り返りもせずに行ってしまう。
行かないで。一緒にいて。
後ろ姿に向かって叫びたい衝動を抑える。どうして自分の心に素直になれないのかは……わからない。
けれど、言えなかった。
ジタン様が目的の<鏡>を壁から外す。すると、どこからか声が聞こえてきた。やはり襲って来た魔物――<テラ>の守護者を討つ。
心に抑えきれない違和感を覚えたまま、私は城を出た。
間もなく、私にとって久しぶりの出来事が起こった。外で待っていた皆が言うには――サラマンダー様が、まだ出て来ていないらしい。城の出口はここだけだ。城には巧妙な罠もあり、敵も強い。
(まさか……。)
鼓動が高鳴る。あの痺れの感覚とは違う。けれど、痛い程に胸が締め付けられる。
(……落ち着け……焦っても、何もできない。)
集中して気配を読む。――まだ中にいると、はっきり感じられた。
「オレ、ちょっと探して来るからここでみんなは待っていてくれ。」
「……ジタン様。どこにサラマンダー様がいらっしゃるのか……わかるんですか?」
「わ……わからねえけど?」
「私について来てくださいますか? こちらです。」
「ミノン……わかるのか!? なら、案内頼むぜ!」
案内なんて高尚なものではない。ただ一途に、あの気配を辿って走るだけだ。魔物が襲って来るが……構ってはいられなかった。
『去れ!』
片端から言霊で意思を奪い追い払う。本来なら罪深い行為だけれど、今はそんなことを気にかけてなどいられなかった。走れば走るほどに、気配が強まっていく。ついにある部屋で、求めていた存在を見つけた。
「サラマンダー様っ!」
目に映る梯子を無視して飛び降りる。3階程の高さだったけれど、力で補助をしたから怪我はしなかった。
「お、おい待てよ!」
引き留める声を上に聞きながら、遠ざかっていた姿に全速力で駆け寄る。
「……おまえ……何でここに?」
きっと魔物に襲われ、上の階から落ちたのだろう。サラマンダー様は全身に怪我をしていた。それなのにどうして、何故こんなに気丈なのだろう。
「何でって……! 良いから、手を出してください!」
強引に右の手を取り、両手で握る。癒しの術を集中させるには、これが一番効果的だからだ。
「ミノン……おまえ、ショートカットしすぎだぜ……。サラマンダー、大丈夫か?」
「……何故、二人して……俺に構う?」
「な……何でって……仲間、だからだろ?」
そうか。<仲間>……だから。
これが、<仲間>なんだ。
「どれだけ心配したか……! 本当に、無事で、良かった……。」
「……おまえ……。」
<心配>に代わって<安心>が溢れ出す。そして――それにつられる様に、涙も流れ出した。
「……っ……行かないで……一緒に、いてください……!」
留まっていた言葉達も唇を過ぎ、零れ落ちて行く。
「私は嫌です……! あなたが、いなくなるのは……。」
誰かに我が儘を言ったのはどれだけ振りだろう。こんなにも、誰かに一緒にいて欲しいと思ったのは……どれだけ振りだろう。
昔はごく当たり前だったはずのそれは、今はとても大変なことだった。まるで……病気で長く寝た後に、突然走ったみたいだ。
「……っ、……サラマンダー様……?」
頭に柔らかい感触を覚えて顔を上げる。サラマンダー様の左手に、少しぎこちない手付きで外套の上から撫でられていた。まるで小さな子どもを慰める様に。
「…………。……行かない。……もう、しばらく……一緒にいてやる。」
「……ほんと……ですか?」
「…………ああ。……泣くの、やめろ。」
ぽんぽん……と私の頭を軽く叩くと、サラマンダー様は微塵も怪我を感じさせない様子で立ち上がった。繋いでいた手を引かれる様に私も立ち、手を離して涙を拭う。
「……ったく……すっかり変わりやがって……。」
溜め息混じりの、苦笑にも似た微笑。……初めて、この人の笑顔を見た気がした。いつも笑っていれば良いのにと感じる。それは私も同じだろうか。何となく苦笑してしまう。
「……あのー……。」
「はい?」
「……良い感じのとこ邪魔して悪いけどさ……そろそろ行こうぜ。みんな、外で心配してるだろうから……。」
ジタン様を横目で少し睨んだ後、サラマンダー様はさっさと歩き出した。本来の治癒力が高いのか、その足取りはしっかりしている。
もう、元には戻れないけれど。
今も悪くはないかな……と思えた。
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