「あ……サラマンダー。おまえに、話しておきたいことがあるんだ。……その……ミノンの、こと。」
「…………あいつは何者なんだ?」
「……ミノンは話さない。だから、みんな知らない。」
「…………。」
「一つ……頼みがあるんだ。」
「……何だ。」
「ミノンの力、人には言うな。……あいつは、故意に隠してるんだ。オレ達にはわからない苦しみがあって、力を隠してる。」
「……人に言わない。……これで良いな?」
「ああ、ありがとう。」
W-G生きている証
午後になって再び目覚めた時、特に体調に問題はなかった。ある人を探して城内を歩く。すると、客室の前の廊下で後ろ姿を見つけることができた。
「あ……あの、……サラマンダー様……。」
後を追い、何とか声を振り絞って呼び掛ける。サラマンダー様は肩越しに振り返った後、身体ごとこちらを向いた。じっと見下ろされる。
「…………何だ。」
「……っ……あの……。」
早く話さなくてはと思うのに、どうしても上手く話せない。記憶がない時の私の様にスラスラと話せたら、どんなに楽だろう。
「…………ごめんなさい。」
浮かんだ言葉を何とか紡いだら、唐突な切り出しになってしまった。
「…………何が。」
「……私、あなたに迷惑掛けました……たくさん、たくさん……。」
我ながら拙い話し方だ。けれど、今の私にはこれしかできなかった。サラマンダー様が短く溜め息を吐く。呆れたのだろうか。
「……少し来い。」
端的な言葉と共に、少し強く手を引かれる。連れて行かれたのは、サラマンダー様に宛がわれているらしい部屋だった。
「ここなら誰にも聞かれない。……ジタンに聞いた。おまえが、故意に自分の力を隠していたこと。広めるな……と釘を刺された。」
「…………。」
知らないところでなされていた行為を聞き、少しだけ身体が痛む。どうしてそんな風にしてくれるのだろう。隠しているのは、私の……我が儘なのに。
「俺には、全く理解できねえがな。……聞きたいことがある。」
「……何……でしょうか。」
「おまえ――生きてんのか?」
心臓が大きく脈打つ。びくりと身体が震えて、足の感覚が遠くなった。背にしていた扉に思わず寄りかかる。
「自分で口走ったこと、覚えているだろう? 死んだ様に生かされてる……生きている証がない、と。」
「……っ……。」
自分の声が二重に甦る。この自分と、あの自分と。扉を開けて逃げ出したくなった。何ということを言ってしまったのだろう。口にしたのは――私だけれど。
「あれはおまえのことなんじゃねえのか? 事実、おまえは生きてるかよくわからねえ……食わなくても眠らなくても、平然としてるからな。」
「…………。」
生きている、証。
「……あなたは……何を、以て……生きていると、おっしゃいますか……。」
両足に力を入れてサラマンダー様に歩み寄る。小さく息を吐き、剥き出しの逞しい腕に触れても彼は何も言わなかった。低い体温を冷たいと感じる。――私の方が、温かいからだ。
「……肉体はあります。心臓も……動いています。だから、血も……流れます。温もりも、あります。……けれど……。」
生きている上で欠かせないはずのもの。それが、私にはないのだ。
疲労、成長、睡眠欲、食欲……そして、死。
力がある為に、肉体が疲れることはない。肉体が老いることもない。眠るのは気力回復の為だ。気力を使わなければ眠ることはない。通常の睡眠とは、本質も目的も違う。肉体の時間も止まっている。私はもう、ずっと……18のままだ。食べ物も摂る必要はない。
そして、死ぬこともできない。
「…………っ……けれど……。」
「……けれど、何だ。」
どこまで明かして良いのか。その判断はつかなかった。素性を話すことはしたくない。けれど欠片を知られてしまった以上、隠し通すことも不可能な気がしていた。何かを声に出そうとする。
「……私、は…………私は……成長、しない……ずっと、歳をとることが……できない……んです。」
唇から零れ出たのは、一番認めたくなかったかもしれない事実だった。口にしたところで何が変わるのかはわからない。生きている証がないことへの返答になっているだろうか。腕から手を離す。
「……生きてんのに、か。成る程……それならわからねえ。……もう一つ聞く。――おまえは何者だ?」
「……!」
直球だった。誰にも、訊かれなかったのに。
「ただの魔道士じゃねえだろ? おまえが黒や白の区別に入るとは……。」
「失礼するぞ、サラマンダー!」
短いノックの後、フライヤ様が入ってくる。私の姿を見ると大きく目を見開いた。
「ミノン……!? ……何を話しておったのじゃ?」
「……こいつの素性を聞いていた。それだけだ。」
「っ……! サラマンダー、きさまっ!」
フライヤ様がサラマンダー様に掴みかかる。私よりずっと背が高いのに、サラマンダー様と向き合うと小さくすら見えた。どうして、そんな風に――<怒り>を、見せてくれるのだろう。私のために。
「何だ? 気になったことを訊いてはいけないのか?」
「違うっ! ミノン……話したのか……?」
フライヤ様からは殺気すら感じられるというのに、サラマンダー様は平然としていた。私の前に屈んだフライヤ様に、穏やかな声で訊かれる。
「……サラマンダー様は……悪く、ないです。いつまでも話さない、私が……悪い。話したのは……私が、……歳をとらないことだけ。本当は、もっと話さなきゃいけない。ごめんなさい……フライヤ様。」
顔を上げられなかった。私は欺いているのではないかと。こんな――<優しさ>を与えてくれる人を。フライヤ様が目線を合わせてくれる。
「……ミノン。そのことを話してくれて、私はとても嬉しいよ。謝ることはない。おぬしが話したくないことなら、話す必要は全く以てないのだから……。」
「でも……私は、皆様に……甘えています。」
「それで良い。皆、おぬしが話してくれるまで待つ。それは当然のことじゃ。ミノン、今は……話したいか?」
ゆっくりと横に首を振る。
「わかった。……良いな、サラマンダー?」
「…………ああ。」
「……いつか、必ず……話します……。」
「気負わず、本当に話したくなったら話しなさい。」
「……はい。」
もう隠してはいられない。
どうやっても、素性は変えられないから。
でも、まだ……言えない。
弱虫。
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