" "なんか、必要ない。
抑えなくては。消さなくては。忘れなくては。
守るために。
W-F優しさ
あの後、目を覚ますとリンドブルムへ向かう船の中だった。気力の消耗と身体の痛みは少し良くなっていたけれど、自力で立ち上がることはできず……城に着いた時は、フライヤ様が客室の寝台に横たえてくれた。しばらく眠って気力を取り戻す。意識が戻った時はまだ夜明け前だったので、私は身体を起こして自分の内に呼び掛けた。
(……久しぶり、ライラ。)
[やっと戻ったか。]
数日振りのライラの声が聞こえる。きっと呆れられると思った。現実を耐えることができず、本当の自分から逃げたのだから。
[自ら自分を封じ込めるなど……阿呆が。]
(……もっと言っても良いんだよ?)
[馬鹿馬鹿しい。お前を責めて私に何の利がある。]
思ったよりもいつも通りの対応をされる。きっと関心がないのだろう。もしかしたら、そういうふりかもしれない。
(私……ライラがいても、いなくなっても、気が付かなかった。本当は……こんなに弱いのに。ライラがいなければ、何もできないのに。……あの時の私に、色んなことを教えてくれて、力を使わせてくれて……ありがとう。)
[…………気が向いただけだ。]
ライラはそれきり何も言わなかった。ふと思い立って手袋を外し、月明かりに腕の痣を照らす。
この痣は大切だ。私が危険な存在にならない様、私が危険に晒されない様、縛っている。私を最適な状況にしてくれるものだ。――ずっとそう思っていた。
しかし、それだけでないのではないか。そんな気がしてくる。痺れの様な、あの痛みは……何か関係があるのではないかと。
大切なうさぎさんを抱えて横になる。これは、あの時の私の――記憶がなかった私の、記憶の象徴と思えた。
原因……もしかして……。
†
「……ミノン……ミノン?」
「フライヤ様……?」
名を呼ばれる声に、深く沈んでいた意識が浮上し、ぼぅっとしていた頭がはっきりする。どうやら再度眠ってしまったらしい。身体を起こすと、軽い目眩がした。
「おはよう、ミノン。」
「……おはようございます……何故、フライヤ様がここに……?」
「女中から、いくら声をかけても目覚めぬと言われてな……知っておるか?」
「……いえ……全く……。」
うたた寝どころではなかったと知る。自覚はないが、そんなに気力を使ったのだろうか。深く眠ることすら珍しいというのに……何故だろう。
「そうか。今はあの日から一晩明けて……つまり丸一日経った。おぬしも疲れておるのじゃろうと思ったのじゃが……ちと、心配になっての。」
「……それは……ご心配を、おかけしました。……それに……トレノでも、その前も……ご迷惑をおかけして……。」
「何を言うか! 全く迷惑などではなかった……私は私のしたいことをしたまでじゃ。……それより……おぬしが記憶を失った状況を、先程ビビから聞いた。大変な時に側にいてやれず……すまなかった……。」
「えっ……そんな……。」
まさか逆に謝罪されるとは思わず、驚きに肩が震える。フライヤ様は何も悪くない。一人で女王の元に行ったのも、辛さから逃げ出したのも、全て私だ。悪いのは……。
「今さらかもしれぬ。しかし、言ったであろう? 辛い時には言いなさい、と。私でなくとも良いから……誰かに、言って欲しい。」
「……ありがとう、ございます。」
言えることなどあるのだろうか。弱い私に――辛さを吐き出す権利など、あるのだろうか。辛いと感じて良いのだろうか。何も守れないのは、弱さのためなのに。
「……ミノン。おぬしのことは……私ごときにわかるものではないのか?」
「…………えっ?」
そっと手を握られる。
「おぬしには……私などに計り知れぬ何かがあるのではないのか。……そんな気がするのじゃ。もしそうならば……私の気持ちは、重いのではないか?」
「そんな……!」
気づいた時には叫んでいた。身体の中から何かが広がる様な感覚がする。
「その、私……お姉さんだと、思って欲しいと……言っていただけたこと……その、すごく、えっと……暖かく、思って……。」
暖かい。――今も。
そう感じた瞬間、鋭い痛みが身体中に走る。
「……っ……!?」
「ミノン! ……すまぬ、起き掛けだというに、無理をさせすぎたか……。」
「……違う……違います……! ……お願いです……私の、お姉さんで……いてください……。」
どうしてそう思うのかはわからない。自分が何を求めているのかも。ずっと一人だと思っていたのに。
「……ああ、喜んで。ありがとう、ミノン……もう少し、休みなさい……。」
いつかの様に、痛みの中で優しい手にあやされながら眠りに落ちる。
何か大切な言葉を、思い出せないでいる気がした。
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