サラマンダーが向かったのは、こじんまりとした酒場だった。



W-D再来と覚醒



派手じゃないけど綺麗に飾られた扉の前で足を止めて、こっちを見る。

「……おまえ、まだついて来るつもりか?」

「え? うん。」

当然だ。また一人になったらどんな目に遭うかわからないし、サラマンダーといると安心できる。そう思って返事をすると、サラマンダーがまた溜め息を吐いた気がした。溜め息吐くと幸せ逃げちゃうんだよ! ……た、確か。

入った酒場は手前がカウンター造りで、サラマンダーは無言で右端の席に着いた。左には縦長の広い空間があって、テーブル席になっている。

「注文は?」

「上の段……右から二番目。」

部屋の中には音楽が溢れていた。一つや二つじゃない。もしかすると、手前にあるのはステージかな。きっと音楽が好きな人が集まる酒場なんだろう。

「そちらの娘さんは? 座られないのか?」

「あ、私お金ないから。これ以上サラマンダーに迷惑かけられないし。」

♪〜〜……

「何、あれ?」

ひときわ目立つ旋律が聞こえてきたので、店員さんに訊いてみる。

「うちの店主は音楽好きで……上手く演奏した者には、店主が決めただけの額を割引しているんだ。……お嬢さんは何かできるか? 良ければ私が聞こう。」

「う〜ん……。」

特に何もできる気はしなかった。そもそも楽器なんか持ってない。楽器がなくて演奏できる音楽……そうだ!

♪……桜……桜……弥生の空は……見渡す限り……霞か雲か……匂いぞ出ずる……いざや……いざや……見に行かん……♪

「これは……! 店主!」

「……聞いた。実に見事だ、お嬢さん。どこで覚えたのだね?」

背が高くて体格の良い男の人が奥から出てきてくれる。何だか好評みたいだ。

「さっき、道で……。」

今のはフライヤと一緒に聞いた曲だった。歌詞を全部覚えてたのは我ながら素晴らしいと思うけど……そんなに良かったのかな?

「それは本当か!? 今の演奏なら一流の歌姫にも値するよ。どれ、では100ギル負けようかな。」

「うわぁ、ありがとう!」

わーい! 駄目もとだったのに、すごいラッキー!

「店主……それだから店が小さいのですよ……。」

「構わん。私は楽を聴くためにこの店を作ったのだ。美しい歌を聴けたのだから……これ以上の喜びはない。」

意外なところに才能ってあるものなのかな。前の私は気づいてたんだろうか。こんな風に喜んでもらえるものが、歌えるってことに。

「……とんだ儲けだな。」

「ねえ、これでさっきの50ギルはちゃらね!」

「……ああ。」

「本当に良い物を聞いた。お嬢さん、良ければうちで歌い手をやらないかね?」

「お仕事? ……今はね、やらなきゃいけないことがいっぱいあるの。」

何となく断ってしまう。何をしなきゃいけないのかはよくわからない。でも、きっと旅は続けなきゃいけないって漠然と思った。何かやることがあるはずだって。

「すごく嬉しいけど……ありがとう。」

「そうか……それは残念だ。まあほら、飲みなさい。私からのおごりだ。」

綺麗な赤紫色のジュースを出される。きっと葡萄味だ!

「はい!」

何でカウンターの椅子ってこんなに高いのかな……よじ登るみたいにして何とか座る。いただきま〜す。

「…………。」

「……どうした?」

「…………にがぃ……。」

「は……?」

意識が遠ざかる。すぐに世界が暗転した。







目を開けたら、真っ暗な世界だった。足元がない感覚がして、でも落ちる感覚もしなくて……不思議な感じだ。ぐるりと見渡すと、暗闇の中に座り込んで俯いている白いフードの女の子がいた。

泣いてる……?

「どうしたの?」

近づいてみようにも踏みしめるものがなくて、仕方なくその場から声をかける。女の子は思ったより近くにいた。ぼんやりとだけど、暗闇で見えるくらいには光っているみたいだ。

「……自分が、嫌なの。」

「え……?」

「迷ってばかりで、何もできない……そんな自分が大嫌い。」

その声は、どこか聞き覚えがある気がした。もしかして……前の私が知っている人なのかな。

「そんな……でも、自分を嫌いになっちゃうなんて、悲しいよ……。」

「あなたはまだ知らない。人の存亡を握る気持ち……死んだ様に生かされる気持ち。」

「死んだ……様に……?」

「そう。何一つ生きている証はない。なのに死んでもいない。……嫌でも、すぐにわかるわ。……だって。」

女の子が顔を上げる。

私と――同じ顔をしていた。

「……!?」

「あなたは私の代わりだもの。」

いきなり視界が眩しくなって、目を瞑る。



もう一度目を開けたら、建物の裏みたいなところにいた。腕の中にはうさちゃんがいる。隣には腕を組んだサラマンダーがいた。

「……目ぇ覚めたか。」

「サラマンダー……うん。」

「……酔いは抜けたか?」

「あれ……お酒だったの……。……ああ、変な夢見ちゃった。」

「…………。」

「白いフードの女の子が真っ暗な所で泣いててね。自分が嫌いなんだ、って言うの。それに……死んだ様に生かされてる、生きてる証がないのに死んでもいない……って……。しかもね、私とおんなじ顔だったのよ!」

そう、同じ顔。

同じ……?

「それに……『あなたは私の代わりだ』って、私に向かって言ったの。……我ながら、本当に変な夢!」

夢?

自分の言葉に違和感を覚えた、その時。

「……っ!? ……何これっ……!」

突然白い光に包まれる。振り払おうとしても、それは消えるどころかどんどん強さを増して行った。眩しさに視界が覆われる中、こちらに手を伸ばすサラマンダーの姿だけがチラチラと見える。

「サ……ラマン……ダー……!」

直感だけど、こっちに来てはだめだ……巻き込んではいけない。私は一人で行くべきなんだ。きっと。

「こっ……ち、来ちゃ、だっ……!」

だけど、心には逆らえなかった。

「……助けてっ!」

思いっきり叫ぶ。サラマンダーが確かに私の手を握った時……ついに溢れた光が私達を飲み込んだ。

「……っ!」
「きゃぁっ!」

妙な感覚に襲われる。全てがぐにゃりとして、平行感覚が狂うみたいだ。離さない様に、必死で手に力を籠める。

絶対に守るんだって、どこかで思った。



次の瞬間、私達は高い塔にいた。

「サ……ラマンダー……?」

「……何だったんだ……。」

しゃがんでいた状態から立ち上がる。ここは一体どこだろう。お城か何かの……見張り塔かな。タイルが貼られていることと言い、整った町並みが一望できることと言い、明らかにさっきの場所じゃなかった。本当に何なのよ……。

「……きゃあ……っ!」

突然、見ていた町並みから火の手が上がる。条件反射の様に見上げたとき視界に入ったのは、黒い空。そして、竜の様な――。

「あ……。」

青い空。竜の様な召喚獣。

赤い海。沢山の船が沈む。
叫び声。誰かの悲しむ声。

「あ……!」

脳裏を次々に掠める映像。他人のものの様だったそれが、徐々に自分に近くなっていく。

過去。使命。迷律。逃走。


やっと……わかった。

私が、何なのか。



***



やけに機嫌の良い少女を連れて、滅多に行かない酒場へと足を向ける。気は進まなかったが仕方がない。こいつを連れて行ける様な場所なんざ、あそこ以外にはないからだ。



W-D再来と覚醒(sideS)



扉の前で足を止め振り返ると、「うさちゃん」だとかいう人形を持ったミノンがしっかり見つめ返して来た。この光景の異常さがわかっているのか。

「……おまえ、まだついて来るつもりか?」

「え? うん。」

「…………。」

今日何度目かの溜め息が出る。回数など、もう数えることすら放棄した。

店に入り、黙って席に着く。ここは貴族の援助を受ける学者や芸術家しか入れない酒場で……とある事情で入れるとはいえ、やはり居辛さを感じるので好かなかった。だがあいつがいるのに物騒な場所に入れば、こちらの方が疲れる。他に手はない。

♪〜〜

今日も何人かが自らの腕を披露すべく楽を披露していた。慣れたことなので俺は気にしていなかったが、ミノンは興味を持ったらしい。店員に尋ねると、名案でも思い付いた様に歌いだした。

♪……桜……桜……弥生の空は……見渡す限り……霞か雲か……匂いぞ出ずる……いざや……いざや……見に行かん……♪

上手いじゃねえか。

俺に声楽の知識などないに等しいが、下手ではないだろう。少なくとも耳障りではなかった。

「今の演奏なら、一流の歌姫にも値するよ。どれ、では100ギル負けようかな。」

どうやら店主もずいぶんと気に入ったらしい。少ない経験の中でではあるが、こんな額は初めて聞く。

「本当に良いものを聞いた。お嬢さん、良ければうちで歌い手をやらないかね?」

「お仕事? ……今はね、やらなきゃいけないことがいっぱいあるの。すごく嬉しいけど……ありがとう。」

ミノンは自然に「やらなきゃいけないこと」と口にした。わかっているのか、いないのか。このまま――記憶は戻らないのだろうか。それでも同行するつもりなのだろうか。

「そうか……それは残念だ。まぁほら、飲みなさい。」

「はい!」

ミノンが椅子によじ登り、酒を飲み始める。しかし一口飲んだだけで沈黙した。子供には不味かったとでも言うのだろうか。

「……どうした?」

「…………にがぃ……。」

「は……?」

一瞬耳を疑う。出されたのは甘ったるそうな果実酒だ。これが苦いとは……一体どれだけお子様味覚だというんだ。

しかもそれだけでは収まらなかった。グラスを置くと同時に、小さな身体がふらりと傾ぐ。反射的に受け止めると、ミノンは静かに眠っていた。思わず舌打ちする。どうやら驚異的に酒が飲めないらしい。ならなぜ酒場に……そうか。

飲めないことすら忘れて、俺について来たのだろう。

居座る気も起きなかったので勘定を済ませ、ミノンを肩に担いで店を出る。路地裏の物陰に座らせると、その体は一層小さく見えた。眠っているというのに人形を大事に抱えたまま離さない。

(……本当に、別人なんじゃねえのか……。)

先程までのこいつは、俺の記憶の中の<ミノン>とはまるで違い過ぎた。普通に考えれば、たった半日しか会っていない<あいつ>が異常で<こいつ>を通常と認識すべきだろう。しかし<あいつ>があまりに強烈な印象を持っていたせいか、どうしても違和感を拭い去ることはできなかった。あまりにも違いすぎるだろう。

少女が小さく息をする。――<こいつ>もこいつで、相当に印象が強烈だが。あれが18の女のすることか……する顔か。人形を欲しがってみたり、駄々を捏ねてみたり――挙げ句の果てには抱き着いてみたり。いつ見ても笑っていて、動作は跳ねる様。元々幼い見た目も手伝い、今のこいつはどう見ても全くのガキだ。

(……あんだけ、無表情だったってのにな……。)

安らかな寝顔を見て思う。何故こいつは俺に構うのだろうか。俺が馴れ合いを嫌うことぐらいわかっているだろうに。

「……ど……して……。」

「!」

寝言の様だ。驚いて損をした。なかなか起きないので、近くに座る。押し寄せる疲労感に息を長く吐いた時、妙な言葉が耳を打った。

「――私は、あなたの代わり?」

寝言にしてはヤケに明瞭だ。言葉が言葉だけに……気味が悪い。

「おい、起きろ。」

妙な夢を見ているのなら、目を覚ませ。

揺すり起こすと、ミノンはゆっくりと目を開けて辺りを見回した。割合にしっかりとした目付きだ。

「……目ぇ覚めたか。」

「サラマンダー……うん。」

「……酔いは抜けたか?」

「あれ……お酒だったの……ああ、変な夢見ちゃった。」

人形を持ったままミノンが伸びをする。酒の力があるとはいえ、よくこんなところで夢を見るほど眠れたものだ。

「白いフードの女の子が真っ暗な所で泣いててね。自分が嫌いなんだ、って言うの。それに……死んだ様に生かされてる、生きてる証がないのに死んでもいない……って……。しかも、私とおんなじ顔だったのよ!」

死んだ様に生かされている……どういう意味だろうか。訴えるように放たれた――同じ顔という言葉が、何故かやけに強調されて聞こえた。

「それに……『あなたは私の代わりだ』って私に向かって言ったの。……我ながら、本当に変な夢!」

ミノンが不思議そうな顔であの言葉を口にする。……夢、か。

夢……なのだろうか。

「……!? ……何これっ……!」

どこかに引っ掛かりを覚えながら、心中で言葉を繰り返していた時だった。再度伸びをしながら立ち上がったミノンが、突如白い光に包まれる。小さな身体は瞬く間に光に飲まれて行った。姿がほとんど見えなくなる。

気づいた時には手を伸ばしていた。こいつを……ミノンを、失う気がしたのだ。一人にしてはならない気がしたのだ。――だからと言って、どうかしている。今までは切り捨てていたものを。

「サ……ラマン……ダー……!」

今や眩しさに掻き消されそうになったミノンが、俺に向かって何かを叫ぶ。

「こっ……ち、来ちゃ、だっ……。」

来るな?

「……助けてっ!」

言われた通りに――否、自らの意思に従って細い腕を掴んだ時、ついに身体が溢れた光に包まれた。天地が混ざる様な感覚に襲われる。

「……っ!」
「きゃぁっ!」

その中で、ミノンの腕の感触だけが確かだった。



次の瞬間、目を開けると石造りの景色が視界に入った。隣にミノンもいる。

「サ……ラマンダー……?」

「……何だったんだ……。」

立ち上がれば、容易に町並みが一望できた。どうやら見張り塔か何かの様だ。この雰囲気は、アレクサンドリアだろうか。

「……きゃあ……っ!」

前触れなく町から火の手が上がる。見上げた空には、あの日――ミノンが記憶を失った日と同じ、バハムートがいた。

「あ……。」

ミノンが虚ろな声をあげる。その瞳は竜王を凝視している……まさか。

「あ……!」

小さな叫びと共に、その纏う気ははっきりとしたものになった。


思い出したのだろう。

自分が、誰なのかを。




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