真っ白な、何もない空間。

ここは……!



U-Lお使い



「美音。」

後ろから声が響く。誰かはわかりきっていた。真っ黒な丈の長い服に、たくさんの銀の飾り。髪が短くて背も高い、私とは正反対な……。

「……優輝っ!」

会いたくて会いたくて仕方なかった人。その名前を、叫ぶみたいに呼ぶ。

「もう、遅いよ……っ……会いたかった……!」

抱き着けば、そこに感触はなかった。――夢だからだ。幻でしかない世界。何度来ても慣れないふわふわとした感じの中、優輝に頬を擦り寄せる。

「何だよ……なんかあったんだな? 夢の発する気が乱れまくりだったぞ。うっかり夢渡って来ちまったじゃねえか。」

「……やっぱり、わかっちゃうのね。それは……<夢見>だから?」

夢に関する能力を持つ<夢見>でもある優輝は、時々こうして夢を渡って来てくれる。現実には会うことが叶わない私達が、唯一会う手段だった。私だけが見ているのではないのだ。優輝が夢を渡って来てくれた時、きちんとお互いの世界は繋がっている。

「どうだかな。ま……強いて言うなら、お前のことを心配してるから、かな。」

「……ありがと。……守ろうと思ったのに、私が弱いせいで、たくさんの人が犠牲になってしまった。私もすごく、……えっと……?」

「哀しい、か?」

「う……うん?」

どこかに違和感を覚えながら頷くと、優輝は私の頭を撫でた。

「そっか。でも、哀しむだけじゃ前に進めない。犠牲を抑えられて良かった、これで良いじゃねえか? お前は力を持った……けど、だからって頑張り過ぎたらお前自身に毒だ。」

「……でも……。」

「背負い込むなよ。役目は手助け、だろ? やれることやったんだ、それで良い。……それと……それ。」

突然胸を指差される。

「できるだけ早目にどうにかしとけよ? 普段は良いかもしれねえけど……<哀しい>まで忘れちまった様じゃ、困ることもあるだろ?」

<哀しい>がわからない……確かにそうかもしれない。しかし、困ることなどないと感じた。むしろ忘れたいほどだ。なくなって欲しいと、何度願っただろう。

「…………。」

「……そろそろ時間だな。起きろ、遅刻すんぞ。」

優輝の姿が薄れていく。終わりが近づいているのだ。現実で夜明けが来たのだろう。

「遅刻なんてしないよ! ……もっと、もっと……話してたいよ……。」

世界が崩れる音がして目を瞑る。


戻りたくなど、なかった。







誰かが呼んでいる。

誰……優輝?

「……ミノン!」

「…………フライヤ……様……?」

「気がついたか。気分はどうじゃ?」

「……大丈夫……です。」

寝かされていたのはあの部屋だった。傍らにはフライヤ様とベアトリクス様がいる。一呼吸すれば、あのふわふわとした違和感が抜けていった。現実に引き戻される。それと同時に、身体のどこかで……何か満ちていたものがなくなる感じがした。

「あの後、眠ってしまわれたのですよ。今は一晩明けて朝になりました。……あの時、しきりに痛い、とおっしゃってましたが……。」

「……ご心配を、おかけしました。今はもう……大丈夫です。」

どんなに忘れたくなくても、夢は醒めた瞬間から忘れていく。流石に何があったかはまだ覚えているけれど……もうあの夢の中の感覚が何だったのかは、わからない。

「それは良かった。……どうじゃ。気分転換に、町に出て買い出しでもせんか?」

「……はい。」

「では私らは外へ出ているから、身支度を整えなさい。」

そっと身体を起こせば、昨日あれだけ痛かったというのに大丈夫だった。優輝のお陰だろうか。

早く取りかかろうと考え、寝台から降りる。思いきって手袋と手甲を外すと、人前では絶対に露出させない腕が外気に晒された。

(……濃くなったな……。)

覆うように広がっているのは――黒紫の茨の痣。この痣は私の戒めであり守りだった。私の力が暴走しない様、力を使い過ぎない様、填められた枷なのだ。力を一度に使うと、戒めが働いて濃くなる。力を使い過ぎて<私>が危ない時、具現化すらして押さえてくれる……大切なものだ。

息を吐いてから痣を隠す。足袋も同じだ。足にも……いや、身体中に痣は広がっている。

(……守ってくれて、ありがとう。)

ネズミ族に化けることは出来ても、痣を消すことは……痣がない身体に化けることはできない。戒めを、忘れることがない様に。

一度横に大きく頭を振り、髪を整え始める。普段は邪魔にならない様に後頭部でお団子にしているが、私の髪は下ろすと臀部まで届く程に長い。挿していた簪を取ってほどき、櫛を入れる。絡んだ髪を何とか元の髪型に結い上げてから外套を被ると、用意が終わった。

「……お待たせいたしました。」

「おお、早いの。」

「ミノン殿、おはようございます。こちらはルビィ殿の買い物メモです。なるべく安く済ませる様に、くれぐれも無理はしない様に、だそうです。」

「はい……ありがとうございます。」

「……では、行こうかの。」

ごく自然に手を取られる。少し迷ったけれど軽く握り返すと、フライヤ様はふわりと笑った。

「行ってらっしゃい。」

「お気をつけて!」


おつかい。ふと家を思い出す。

帰れない。




[[前へ]] [[次へ]]


13/14



[戻る]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -