お昼頃、私は洗い物をしていた。ルビィ様は遠慮なさっていたが、ただお世話になるのは申し訳ない。傷一つないし、力はほとんど戻っているから休む理由もなかった。淡々とこなしていく。



U-Kリンドブルム襲撃



洗い物を終え、一息つこうと部屋に戻った時だった。戸を閉めた瞬間、急に嫌な感じがして……自分でもわかるくらいに血の気が引く。

「……どうした、ミノン。」

「何か気がかりが?」

部屋にいたフライヤ様とベアトリクス様に尋ねられるが、何も答えられなかった。禍々しい気配は強まるばかりで──震えが止まらなくなる。

「……どうした!?」

足の力が抜ける気がして、思わずその場に座り込んでしまった。フライヤ様が背中を撫でてくれる。伝えようとするが、言葉が途切れて上手く言えなかった。何とか欠片を絞り出す。

「い……嫌なっ……感じ……すごく、強い、……狂気……!?」

「っ!? 落ち着くのじゃ……集中して、読み取れ。」

落ち着く……そう自分の内で繰り返して深呼吸すると、ある光景が視えた。

「……リンドブルム、に……召喚獣が……!」

ほんの一瞬だ。しかし確かにあの町並みの上空に、召喚獣アトモスが浮かんでいた。未来か現在かはわからない……しかし近いうちの現実であることは確かだ。

「召喚獣!? まさか……また、ブラネ様が……!?」

「……行か……なくちゃ。」

守る。そう、決めたんだ。悩んでいる時間はない。

壁に掛けられていた外套を纏い、留め具をしっかりと付ける。背負うのは自分だ、と……震えの止まらない身体に言い聞かせながら。

「ミノン!? 待つのじゃ、何が起こるかわからないのじゃぞ!?」

「……大丈夫です。」

「そんな……お一人では……!」

「……行ってきます。」

何が起こるか、何をしなければならないか……わかっているからこそ、巻き込めない。

「我を、狂気の元へ!」



一瞬の後、思い通りリンドブルムの町に移動することができた。空から様子を見て、犠牲が少ないことを願う。

被害は黒魔道士兵によるものが大体の様だった。すぐさま魔力を抜いて行く。しかし、一番重要なものがなかなか見つからなかった。落ち着いて注意深く探す。

(狂気の元……アトモスを操る人は……。)

感じた気配に顔を上げると、やはり空にはあの軍艦があった。ブラネ女王だ。隣国、しかも友好国を襲撃するとは……本当に狂ったのだろうか。

アトモスは動きが鈍いはずだ。出てきたら封じてしまおう──そう、思った時。

おびただしい数の砲撃が始まった。

アトモスがいるのに、何故。動揺しながらも、咄嗟に結界を張って防ぐ。数が多いせいで思ったよりも力の消費が激しかった。どうしようもなく押されていく。

(……!)

何発目、だっただろうか。ついに防ぎきれなかった砲弾が町に落ちた。直撃された家がなす術もなく瓦解して行く。──中に、人の気配があったのに。

息が止まる。守りきりたかった。一人には、大きすぎる願いでも。

空気の震えを感じて空を見上げれば、毒々しい紫が目に入った。アトモスだ。今、まさに――活動している召喚獣だ。

「……大いなる魂よ、一時の眠りにつけ!」

即座に封じる。……封じた、けれど。

見えてしまった。

親とはぐれて泣き叫ぶ、小さな子供の顔。
子供を殺され激昂する、年老いた親の顔。

空に吸い込まれていく人の顔。
それを助けようとした人の顔。
それを止めようとした人の顔。

笑顔を、守れなかった。

あんな顔を、させてしまった。


私の、力不足で。


あの電気が身体を走る。まるで、身体中を縄でキツく縛り付けられる様だ。

あまりの痛みにどうして良いかわからなくなって、ほとんど無意識のうちに小劇場のあの部屋へ飛ぶ。戻ったと思ったら急に足から力が抜けて……その場に座り込んでしまった。

「ミノン! 良かった、……どうした……?」

目から、いつぶりかもわからない涙が流れる。身体が痛いからではない。でも……何のせいなのか、わからない。

「何があった……!?」

フライヤ様が抱き締めてくれる。子供みたいに泣く私を、お姉さんみたいに。

「…………ひ、人が……町が……っ……いっぱい……壊れてっ……吸い込まれ、……て……。」

「……っ!?」

「わ……たし……守りきれなかった……人が、いっぱい……泣いてた……私が、……力不足だから……私が……泣かせた……!」

「ミノン……ッ!」

強く力を籠められる。布越しに温もりを感じた。

「人には、できぬこともあるのじゃ。おぬしはよくやった……おぬしのせいでは、ない……。」

「でも……だけど……っ……、笑顔がたくさん……消えてしまった……。……痛い……いたいっ……いたい……。」

あやすフライヤ様の手に誘われる様に、痛みに呑まれる様に、意識が底へと落ちていく。


守りきれなかった。
背負いきれなかった。


ごめんなさい。




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