弟が家出した。
彼にとっては良いと思えたから、出て行く背中を見送った。
きっとあの子は気付いていない。
でも、それでも良い。
帰れない場所の象徴として見られているなんて嫌だろうから。
「何故止めなかった!」
一度として私に対して声を荒げたことの無い父親の怒鳴り声。
右から左に聞き流して何も心に響かせない。
けれど、表情だけはあまりのことに驚き固まってしまっている。
――ように見せている。
心に残らなくとも、早く終わらせるためなら、これくらい。
娘の表情に八つ当たりを自覚して謝る父に、気付かなくてごめんなさい、と謝る。
頭を撫で、仕事に帰っていくその背中を冷ややかに見据えた。
もっと早く決行すべきだった?
いくらでも方法はあったはず。
弟という要を失ったお城は冷え冷えと冷たいばかり。
一族の鼻摘まみ者などと言われようが中心であったことに変わりは無い。
父親の当たりがキツクなったためか、寄り付かなくなった母親。
そのまま父親に処分されたらしく、遺体と御対面した時が一番はっきりと顔を見た時間だった。
活気のカケラすら無くなった使用人たち。
主治医であったシャマルが辞め、一人一人、人がいなくなっていく。
本当に早くすれば良かった。
ピクリとも動かない男。
呆然と立ちすくむ私。
慌てる使用人たち。
医者を呼ぶ叫び声に、出ていって間もないシャマルが顔を見せた。
「――嬢ちゃん、泣くんじゃねぇよ……」
あら? 私は泣いているの?
「これは事故なんだ、気に病むな」
いいえ、全ては私の思い通りに事は済んだわ。
趣味の料理を振る舞う相手がいなくなったことを父親に訴え、上手くできたの! と喜びを顕にして一口食べるように促す。
隼人が腹痛でいつも済んでいたことから甘く見た父親がそれを食べて、そして死ぬ。
なんで!? と混乱した様子まで演技すれば、もう完璧。
一口で殺傷能力が持つまでに至ることは隠しながらも、毒になることは誰もが知っているから疑われることは無い。
一口で死んだのが初めてなのだから、そんなことになるとは思いもしなかったと叫べば皆が信じる。
「隼人に会いたいわ」
帰ってきてはくれないかもしれないが、父親の葬式くらいは――
「あぁ、血の繋がりがある最後の一人だもんな」
探してきてやる、とシャマルに抱きしめられた。
狂えど狂えど、先にあるのは後悔の日ばかりでしかなく
(狂う? ――いいえ、正気よ。)
(正気で終わらせたの、遅くてごめんなさい)