お菓子作りがダメなことをしっかりと理解している。
普通の料理も同じくダメだったことも理解しているんだ。
だけど、父親から、弟にお菓子を作るように命令された。
本当にいやがっていることを分かっていないのか? と聞きたいけれど、真っ向から拒否はできないだろう。
曲がりなりにも、扶養されている身なのだから……
「ねぇ、そこのアナタ」
「は、はい!!」
キッチンに入ってきたメイドの一人を捕まえた。
「手伝ってくれないかしら?」
「わ、わかりました……」
作ったお菓子が禍々しい気配を発しているのを視界に納めて彼女はビクついている。
「その袋を開けて持ってくれる?」
包装用のビニール袋を開けるように依頼する。
それに頷き、開いてこちらに向けてくる彼女は、その禍々しい気配のお菓子を入れると思って見ているようだ。
横に置いてあるビニール袋の中から市販のクッキーを取りだして、包装を剥ぎ、彼女の持つ袋へと移動させた。
その内の一つを彼女の口に放り込み、自分も一つ食べる。
「これなら大丈夫でしょ」
外見は自分が作った物と大きく変わらない。
売っている中でも手作り風の物を選び、そして自分が作った物は綺麗な形にしてある。
昔取った杵柄、というものだ、市販と同じ程度の見た目にするくらいはできる。
「あ、あの……お嬢様?」
「それをそこのリボンで結んだら、隼人に渡してきてくれないかしら?」
「ぇ……?」
手作りのお菓子が毒になるのか、腹痛を起こしたり、色々な現象が起きることは現在このお城に住んでいる者なら誰でも知っている。
だから、その様子からすればきっと、と彼女も理解したはず。
だけど、自分で渡しに行かないのか、という部分が気になるのだろう……
「あまり長時間触っていると同じ現象が起きるらしいの」
その発言に、彼女は目を瞬かせ、驚きのままに、コクコクと頷いた。
「それじゃ、よろしくね」
「はい!」
これで、弟が困ることも無いだろう。
無事に演奏が終えられるだろうことから、この方法をこれからも取り続けよう、と決め――
「ビアンキ! 何で隼人に直接渡さなかった!!」
演奏の評判がいつもと違ったことに、原因が自分で渡さなかったことだと思ったようだ。
「今度からは作って持って行くまで付いていくからな」
「…………」
苦肉の策もダメですか……
「隼人、何故泣いている! 今日の演奏が失敗だったからか!!」
いやいや、違うだろう、とその解釈おかしいからと思いながら、次からは本当に手作りを渡さざるを得ないことに、弟が不憫で涙をこぼしそうになった。
涙を無知だと呼ぶのなら、善は遠く死に絶えてしまえよ
(隼人に泣くな、何も知らない、なんて言わないで。)
(それが善だと言うのなら、私は悪でいい。)