弟のお母さんは線の細い人だった。
 自分の母だという人より母親らしいはかなげな美人。
 ピアニストへの道を父に閉ざされ愛人となったそうだ。
 父親に対する心証が悪化した。
 彼女は息子と引き離され、母と名乗ることを禁止され、会えるのはピアノを教えに来る時だけ。
 それでも会えるだけで嬉しそうだから良いのだろう。
 ただ、最近父親が彼女に興味を失ったのか、よそよそしい。
 その内会うこともできなくされるのでは無いかと思う。
 彼女にとっては不幸だろう現実。
 弟は知らないながらも懐いているから、そうならないように祈っている。



 弟が小さなパーティーでピアノを披露することになった。
 父親の面子のためだけのパーティ。
 とてつもなく緊張する弟を元気付けるために、お菓子でも作ろうか!

 元々は調理師専門学校に通っていたから料理は得意だ。
 お城の住人であるためにキッチンに入る機会が無かったんだけど、弟にお菓子を作ってあげて応援したいと伝えたら入れてくれた。
 久しぶりだし、簡単にクッキーでも……




「頑張ってね!」
 応援の気持ちを込めて、小さめに包んだクッキーの袋を手渡す。
 照れてありがとうと小さな声で言う弟は可愛い。
 また作っても良いかもしれないと思いながら、弟が口に運ぶのを見た。

 ――突然苦しみ始めた。

 何が理由なのか分からないがクッキーが原因のようだ。
 青褪めてピアノに無理をしてでも近付いて演奏をしようとする弟を心配でガタガタと震えながら見守った。
 何とか発表が無事に終わり、かなりの好評を得ていた。
 けれど、普段通りに弾くことが出来なかった弟に恨めしげに睨まれた。
 それは当たり前のことだから受け入れるけど、何があったのか分からないわ……

 残っていたクッキーを口にしたら腹痛を起こした。
 やはりこれが原因らしい。
 どこかでばい菌でも入ったのだろうか?
 以前作った時と何一つ違いは無いのに……
 もう一度再現して作れば理由がわかるかと作ってみるも、やはり腹痛を起こす。
 人に食べさせるわけにはいかないから自分で実験する日々。

 どの段階でそうなるのか、口にしながら作り続け、何度も何度も失敗し続ける。
 前の時得意で、大好きだった料理だけど、封印すべきかもしれない。
 何度も繰り返す内にダメになる工程が早くなっていく事実に悲しみを覚えた。



 演奏会の評判が上々だったためか、父親の機嫌がかなり良い。
 私が弟に渡しに行く所を見られてたから、これからも作って食べさせるように、ですって。
 験担ぎのつもりのようだけど、すっごい嫌がってるの、見えてないの?


苦しむことが正だというのなら、悲しむことは負なのか


(ごめんなさい、隼人。)
(前を偲ぶ縁にしていた日本人とのハーフの弟に心の中で謝った。)


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