副官とモンブラン(2019エルヴィン生誕祭)





03




* * *



その日の夜は、エルヴィン団長の誕生日を祝う宴席だった。
それはそれは盛大だった。

エルヴィン団長は次から次へと酒を注がれ、日中に引き続きプレゼントも大量に貰っていた。
私はそのプレゼントを見逃さないように注意深く見ていた。誰から何を貰ったのか漏れが無いように素早く頭に叩き込み、時々人目から離れたところに移動して必死にメモを取る。
なんせ、私の作成するリストが団長の「お返しリスト」になるのだ。不備があっては団長の顔に泥を塗ることになる。

それにしても、どのプレゼントも美しく包装されている。
煌びやかな包装紙にリボン。どれもこれもリボンを解けば、美しくて、立派で、豪華で、高価な何かしらかが出てくるのだろう。それはもう昼間の仕事で思い知った。

役職がつけば勿論違うだろうが、今日エルヴィン団長にプレゼントを渡した者のうちのほとんどは一般兵だ。給料は私とそれほど変わらないはずだ。
それだけ、皆エルヴィン団長の誕生日に向けて金銭的にも準備していたということである。
――きっと皆、それだけエルヴィン団長のことを想っているのだ。
きり、と唇を一人噛みしめる。

私だって、エルヴィン団長のことを想っている。
だがなんだか気持ちの大きさで負けたような気がして――

「ナマエ!飲んでいるか?君も飲みなさい!」

エルヴィン団長は半分仕事をしているような私を気遣い、声を掛けて下さった。
私は団長の言葉に従い、場の空気を壊さない程度に酒を飲み、笑顔を貼り付けた。



宴席が終わると私は団長室へ戻った。
団長が貰ったプレゼントの山を整理し、リストにまとめるためだ。酒が多少入っていようがこのくらいの仕事はできる。

エルヴィン団長は、ゲルガーさん達に誘われて二次会へと繰り出していった。
二次会は古参のみで少人数だけのようだったから、もうプレゼント記録係は必要ないだろう。

結局プレゼントのリストは、昼の分と夜の分を合計すると膨大な数になった。
これを一人で覚えておくのは無理だし(団長ならやってのけるかもしれなくて恐ろしいが)去年までは大変だっただろう。
出来上がったリストを団長の机の上にパサリと置く。



誰もいない団長室は静かだ。
シンと静まりかえった室内に、コツ、コツ、と私の足音だけが響く。

私の机の一番下の引き出しをガラリと開けると、今日一日、日の目を見ることのなかった物が現われた。
リボンのついた紙袋。
豪奢な包装を山ほど見た後では、なんだかそのリボンも侘しく見えた。



私はリボンの紙袋を持って屋上へ出た。
10月も中旬となると、夜はかなり冷える。だがアルコールで少しばかり火照った身体には丁度良かった。

紙袋を開けると白い小箱、更にその中から自作のモンブランが現われた。
昨晩自分で作ったものだが、月明かりの下でもう一度まじまじと見てみる。

なんだ、美しいじゃないか――
だって、エルヴィン団長に渡す物だから美しく作ったのだ。

ケーキのてっぺんに飾った栗のシロップ煮は、月光を浴びて柔らかく光っている。
それでも……あのプレゼントの山を思い出せば、手製のモンブランなど。
やはりだんだんと貧相に思えてきた。

フォークを持ってこなかったので、手でケーキを鷲掴みにした。
てっぺんの栗のシロップ煮から、がぶりと一口。
もしかしたら自分を含めて数人で食べることになるかもしれないと大きめに作ったケーキだったが、その五分の一ほどが私の口の中に収まった。
口いっぱいに詰め込んだケーキを、もぐもぐと黙って味わう。
ごくりと飲み込むと、栗の素朴な香りがふわりと口の中から鼻に向かって抜ける。

「……美味しいじゃない……」

ぼそりと独り言を言い、口の端についたクリームを指で掬い取って舐めた。

頭がふわふわする。先ほどの宴で飲んだ酒が今頃回ってきたのだろうか。
もしかして美味しいと思っているのも、私が酔っているからなのかもしれない。
だとしたら、やっぱりエルヴィン団長に渡さなくて良かった。

もう一口、と思い再び大口を開けたところでガチャリと音がした。
私は慌てて口を閉じて音の方を向く。

「……お前か、珍しいな」
「……リヴァイ兵長……」

兵舎から続くドアを開けて入ってきたのは、リヴァイ兵長だった。

「に、二次会には行かれなかったのですか?」

私はこんな場面を見られたことの動揺を隠したくて、適当な質問を兵長に問いかけた。
しかし、モンブランを片手に持ったままの間抜けな格好だ。モンブランを置く場所も隠す場所も無くて、手に持っているしかない。

「行ったがもう帰ってきた。主役のエルヴィンも一緒にな。ゲルガーだけはまだ飲み足りねえと一人で三次会しているようだが。
俺は酒を入れて少し暑くなったからここに酔い覚ましに来たわけだが……お前はこんなところで何をしている?」

リヴァイ兵長の視線が、私の手の中の崩れたモンブランに向いた。

「……間食です」

何と言うべきか迷ったが、嘘をつけるような状況でもない。
私は正直にそう言った。

「宴席ではあんまり食えていなかったな」
「いえ、そういうわけではないのですが。きちんとお酒もお食事もいただきましたよ」
「酒は勧められれば飲んでいたが、ほとんど食ってねえだろ。エルヴィンのプレゼントの管理が忙しかったんだろうが」

そう言われて、驚いた。
これ見よがしにプレゼントのメモを取っているところを見せていたつもりもなかったし(そんなことをしてはエルヴィン団長の面子を潰してしまう)、私があの場でプレゼントの管理をしていることに気づいているのは団長くらいかと思っていた。
リヴァイ兵長はエルヴィン団長と違って無愛想だが、その実部下思いで、我々一般兵のことを本当によく見ている。

「……すみません、素手で齧りつくなんて、行儀の悪いところをお見せしてしまって。
ここなら誰も見ていないと思って……」
「お前の手の中のそれは何だ」
「栗のケーキです。モンブランというそうです。私が作ったのですが」

兵長の視線がモンブランから離れない。
じ、と手中を見つめられて、私はなんだか居たたまれなくなった。

「め、召し上がりますか……」

視線に耐えられずそう言った瞬間、兵長の視線はモンブランから私の顔へ移りギロリと睨み付けられる。

「嘘ですすみません、他人の食べかけなど兵長は絶対召し上がりませんよね!失礼致しました!!」

潔癖症で名高いリヴァイ兵長にバカな質問をした。
早口で謝罪すると兵長はふんと鼻を鳴らし、満天の星を仰ぐ。

「全くだ。人の食いさしなんて食えるか」
「で、ですよね……すみません……」
「そもそも俺が食べるべき物じゃないだろう、それは」
「……え?」

それは、どういう意味?

「お前が食べるべき物でもなかったようだがな」

――兵長は「誰が食べるべき物」だったと思っている?



私は、自分の秘めていた気持ちがこの人にバレているのかと思い至り、青ざめた。
しどろもどろに言い訳のような言葉を紡ぐ。

「……いえ……あの……私が、自分で、食べるために……
あの、作りました……あ、甘いものが……好きなので」

自分の下手さ加減に辟易とする。もう少し上手く口が回らないものか。
私はこんなに口下手だっただろうか?これでは嘘をついていると言っているようなものだ。

「わざわざ厨房を借りてか?あいつの誕生日に、あいつの好きな栗の菓子を?」
「……」

きまりが悪すぎる。もう穴があったら入りたい。
私の気持ちはそんなにダダ漏れだっただろうか。いや、人に悟られないように十分に気を使っていたはずなのだが。

「変わった趣味だな。てめえで作った菓子を、夜の屋上で泣きながら人知れずこっそり食うなんつうのは」
「えっ!?泣いてなど」

いませんと続けたのだが、こちらを向いた兵長の視線に圧倒され、声はだんだんすぼんでいく。

「そうか?じゃあ俺の勘違いか。お前が泣いているような気がしたんだが」
「……」

兵長は私を見ず、夜空の向こうのどこか遠くを見つめたまま言った。

涙は流していない。それは本当だ。頬はきちんと乾いている。
だが、胸の中で涙を流していないかと言ったら、それは答えられない。
答えたら兵長を肯定することになるから。

「……あ、あの……私、その、
……そんなに態度に出ていたでしょうか……」

私と同じくらいエルヴィン団長のお側にいるこの人のことは、もう誤魔化せないと悟った。
そもそも同じくらい団長のお側にいるというのも、私がエルヴィン団長の副官になってからのこの一年強の話だ。
この人はもう何年も前からエルヴィン団長の隣にいるのだ。団長に思いを寄せる女性も数多目にしてきたのだろうし、こんなことはお見通しなのだろう。私の恋心が態度に出ているのだとしたら、改めねばなるまい。

「出てねえよ。少なくともエルヴィン本人は気づいてねえだろうな。
あいつはとんでもなく頭がキレるくせに、そういうところは鈍い」

リヴァイ兵長はこちらを見ないまま言った。
その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす。
気づかれていないなら、それで良い。

私は三口ほどかけて残りのモンブランを口に押し込み、急いで咀嚼するとごくりと飲み込んだ。
これで、何もなかったことになった。明日からも今日までと何も変わらない。
エルヴィン団長の副官として、精一杯働く。それだけだ。

「態度に出ていないなら、安心しました。兵長、私はこれで失礼します。
……ここでのこと、」
「言わねえよ」

皆まで言わないうちに、言葉を遮られる。

「……そうですよね。兵長は、仰いませんよね。失礼しました」

くるりと踵を返し、兵舎へと向かう。
アルコールで火照っていた身体はもう醒めたし、頭もばっちり冷えた。
風邪を引かないうちに中へ入ろう。



ドアを開けて兵舎の中へ入ろうとしたところに、兵長の声が飛んできた。

「まあ……後悔はしないようにしたほうが良いんじゃねえか。俺たちは命を賭している身だからな」



……本当に無愛想だが、情に厚い人なのだ。
私は首だけ振り向くと兵長に一礼して、何も言わないまま兵舎の中へと戻った。




   

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