副官とモンブラン(2019エルヴィン生誕祭)





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10月14日は、私の上官、エルヴィン団長の誕生日だ。

私がエルヴィン団長の副官になって、もう一年以上が経つ。
昨年のエルヴィン団長の誕生日には、ただ「お誕生日おめでとうございます」とお声を掛けただけで、何もプレゼントを渡さなかった。
当時は私も副官となって間もなかったし、何か個人的なプレゼントを渡すなど馴れ馴れしすぎて却って失礼かと思い遠慮したのだった。

今年は、プレゼントをお渡ししたいと思っていた。
この一年強の間、団長と副官としての関係を築いてきたと自負している。私は団長のことを心から尊敬しているし、団長も私のことを副官として一定の評価をしてくださっていると……そう思っているし、自惚れではないと思う。そのようにお褒めいただいたこともあるからだ。
今年こそは、私の尊敬と敬愛を、何かしらかの形で伝えたいと思っていた。



正直に言えば、私の想いは「尊敬と敬愛」には収まらない。
私は団長に恋心を抱いている。
誰にも言ったことはないし、これからも言うつもりもない。言う必要もない。
エルヴィン団長が私を部下以上の存在として見ることなど、絶対にない。あり得ない。
だからこの恋心は実ることなく、いつの日か小さく萎んで消えていくものだ。

なんてったって、エルヴィン団長である。
エルヴィン・スミス。調査兵団第十三代団長。
長距離索敵陣形を考案し、調査兵団の生存率を飛躍的に上げた方。人類の自由のためなら何でもできるし、何でもやってのける方。
私如きが恋心を抱くなど、分不相応なお方なのだ。

そもそも、聞くところによると、エルヴィン団長に特定の恋人を作る気は今のところ無いようだ。それに独身主義らしい。
……まあそうは言っても、恐らくそのうちに貴族や兵団の支援者、もしくは政府筋あたりからの縁談が来るのだろう。そして然るべき身分の方と家庭を築かれるのかもしれない。
ましてやあの見目だ。王都で開かれる夜会や茶会では、毎度毎度数多の女性に言い寄られているのを私は知っている。

だから、良いのだ。
私の恋心はこのままひっそりと、私の中だけで消化していけば良い。
恋心に気づいたばかりの頃は、失恋が確定している恋とは斯くも切ないものかと苦しんものだった。だが、今ではすっかり納得して現実を飲み込んでいる。
エルヴィン団長と一介の兵士だなんて、端から無理に決まっているのだから。



それにしても、エルヴィン団長に何をプレゼントすれば良いのか。私はもう数ヶ月も前から考えあぐねていた。
当然のことだが、いかに貧乏兵団といえども、団長は私とは比べものにならない給料を貰っているし、大抵の物は十分に持っている。

はた、と思い出した。
先日王都で開催された貴族の茶会に参加された時のことである。

いつも茶会や夜会の類では、表面上は完璧な笑顔で、だがその実退屈を噛み殺して資金獲得のために耐えていらっしゃるエルヴィン団長が、珍しく目を輝かせていた食べ物があった。
それは栗のケーキだった。確か、名を……何と言ったか?
私は自室の机の引き出しから手帳を取り出して、茶会があった日のページを探した。団長が茶会で目を輝かせるなんて珍しいことだったから、メモしておいたのだ。

〇月×日……あった。「モンブラン」だ。
あの栗のケーキはモンブランというのだ。

あれを差し上げたい。団長が少年のように目を輝かせて食べていたあのケーキを。
退屈でくだらない茶会だったが、団長はあれを召し上がっていた時だけは、心からの笑顔を出していらっしゃった。

こんな最南端のトロスト区の菓子屋にはモンブランなんてない。
調整日に友人たちと連れ立って菓子屋に入ることもしばしばあるが、モンブランなんて洒落た菓子は見たことも聞いたこともなかった。
きっと、王都の菓子屋に行かなければ手に入らないだろう。



次の調整日は、丁度エルヴィン団長の誕生日の前日だった。
私は一人、馬で王都ミットラスへ向かった。
王都の菓子屋など知らないので、どの菓子屋へ入れば良いかわからない。とりあえず片っ端から攻めれば良いと思い、私は最初に目に入った菓子屋の扉を開いた。

その菓子屋に、モンブランはあった。
モンブランは、ガラスのショーケースの中に美しく佇んでいた。
明るい黄色のクリームが数多の細い線となって、ケーキの外側を彩っている。その黄色の細い線は、エルヴィン団長の金髪を思い起こさせた。
ケーキの頂点に佇んでいる栗はシロップ煮だ。キラキラと黄金色に輝く栗は、さながら宝石である。
とても美しいケーキだと思った。

実際のところショーケースの中には、他にも美しいケーキが並んでいる。ルビーのように赤いイチゴの乗ったケーキだとか、吸い込まれそうなほど深い茶色のチョコレートでコーティングされたケーキだとか。
私達が普段よく行くトロスト区の菓子屋に並んでいるケーキとは、全く違うと思った。トロスト区のケーキは、もちろん美味しいのだが、見目について言えばもっともっと素朴である。
このショーケースの中のケーキは、どれもこれも美しい。
だが私には、モンブランが一等特別に見えた。

エルヴィン団長が目を輝かせて食べていた、それだけでもうモンブランは特別だ。それに何より、黄金色に輝くモンブランは、同じように黄金色に輝くエルヴィン団長によく似ている。
もちろん実際に団長が光っているわけではないが、私には団長が、まるで光り輝いているかのようにチカチカ眩しく感じられるのだ。

「これを……」

とショーケースの中のモンブランを指さしたところで、私は目を見開いた。
その値札に書かれている数字にぎょっとした。

「……っ、」

高い。

人前ではしたないが、思わず財布の中を勘定してしまった。
足りない。

厳密に言えば足りるのだが、ここでモンブランを買ったら次の給料日まで間違いなく回らなくなる。
……どうしよう。モンブランが買えない。

私はその店での購入を諦めた。だが、モンブランは諦められない。
――ここは王都だ。都会だ。菓子屋なんてそこら中にある。
私は、モンブラン以上に気の利いたプレゼントは思いつかなかったし、エルヴィン団長のあの顔を思い出せば、なんとしてもモンブランをプレゼントしたいと思っていた。

その日私は、もう少し安いモンブランはないかと、ミットラス中の菓子屋片っ端からを探し回った。



日が落ちる直前、私は橙の中、トロストに向けて馬を走らせていた。

結論から言って、私が変える価格のモンブランは見つからなかった。
愛馬まで足取り重く、しょんぼりと項垂れている。

ああ、もう兵舎へ着いてしまう。日が暮れて夜が明けたら、明日はもう団長の誕生日だ。
このままでは何もご用意できないまま、明日を迎えてしまう……。

「ヒヒンッ」

トロスト区に入ってしばらく進んだところで、いつもは大人しい愛馬が珍しく泣き声を上げた。ブルンッと首を大きく捩らせる。

「何、どうしたの?」

何かを訴えている様子の愛馬を不思議に思い、私は馬の足を止め、首筋を撫でながら尋ねた。
すると愛馬は、ブルン、ブルン、と鳴きながら鼻先で前方を指した。食料品店である。

「……そうか!そうよね!」

私は急いで馬から下り繋ぎ場に馬を繋ぐと、食料品店に入った。

小麦粉、卵、そして砂糖、栗。
砂糖はもちろん高価なものだがなんとか買えそうだ。

モンブランが買えないなら、モンブランを作れば良いのだ。
レシピは持っていないが料理は得意である。兵団に入る前は、忙しい両親に代わり、弟妹の面倒を見ながら毎日食事を作っていた。基本的なケーキの焼き方は分かるし、栗の渋の抜き方も知っている。
あの茶会で、私もモンブランを食べた。味は覚えている。きっと目と舌の記憶を頼りに作れるはずだ。
買い物かごに材料をぽんぽんと入れ込む私の顔は、きっと綻んでいた。



* * *



次の日の朝、私はいつも通りに団長室へ出勤した。

毎日、朝食を早めにとり、始業前の時間であってもなるべく早くに団長室を訪れている。
団長室の鍵も預かっているから、出入りは自由だ。

エルヴィン団長は多忙である。
早めに来て少しでも仕事を回さないと団長の仕事が滞ってしまうし、それは延いては人類の前進を滞らせることに繋がる。
私は団長室の自分の机、その引き出しの一番下に、そっとリボンのついた紙袋を入れた。



昨日の夜、兵舎の厨房を借りてモンブランを作った。作るのは初めてだったが、なんとかそれらしいものが出来上がった。
きらきらの、黄金色の、エルヴィン団長みたいなケーキ。
もちろん味見もしたが、不味くて食べられないということはないと思う……いや、多分美味しい。小さな紙箱を用意して、紙袋にはリボンもつけた。

これは、自己満足かもしれない。
だが、団長への尊敬と敬愛は、きっと伝わるだろうと思う。

さて、どのタイミングでモンブランを渡せば良いだろうか。私は手帳を取り出して今日の団長の予定を確認する。
今日は会議が13時から……出席者と内容からすると、恐らく1時間半〜2時間くらいの長丁場になりそうだ。
この会議が終わったらお茶を淹れて、それと一緒に渡せばきっと自然だし喜んでもらえる。

うん、と心の中で大きく頷いたところで、団長室のドアノブががたりと動いた。
団長が入室してくる。

「おはようござ――」

いつものように、私は立ち上がり左手に右手の拳を当て敬礼した状態で、エルヴィン団長をお迎えしようとしたが、挨拶の途中で声を失った。

「ああ、おはようナマエ」

いつも通り涼やかな声で、エルヴィン団長は私の名前を呼んで挨拶をする。
いつもと違うのは、その団長の両手が埋め尽くされていたことだ。
花束やラッピングされた箱や袋をいくつも抱え、さらに両腕には数え切れない紙袋が引っかかっている。

そうだった。去年だってこうだった。エルヴィン団長の誕生日を祝いたいのは私だけじゃない。
悪魔だなんだと言われている団長だが、調査兵達の大多数からは慕われているのだ。女性兵士達からももちろん人気がある。

「お、お持ちします」

はっと我に返った私は、団長の抱えていた花束を受け取った。すごく立派な、色とりどりの花束。
花だって決して安いものではない。これだけ大きくて立派な花束、高価だったことだろう。

エルヴィン団長は、両腕に掛けていた紙袋を一つずつ腕から抜きながら言った。

「団員達からもらったんだ。有り難いことだ、こんなに祝ってもらえるなんて」
「お、お誕生日ですものね。団長、おめでとうございます」
「はは、ありがとうナマエ。
……すまないが、これ生けてもらえるか。本来自分でやるべきことなのだろうが、俺がやるよりも君がやった方が絶対に上手だから」

そう言って団長は少しだけ申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。

「はい、承知しました」

私は大きく頷くと花束を一旦机上に置き、棚の奥から花瓶を取り出す。

花束を活け整えていると、団長はほんの少しだけ申し訳なさそうな声を出した。

「……ここだけの話、お返しが毎年大変でね。
誰から何をもらったか、覚えていなくてはならないだろう?」

団長のほうを見れば、眉をハの字にして笑っている。
彼は机の上の紙袋を一つ一つ開け、中身を確認し、それぞれメモを取っていた。これだけ大量になるとまずプレゼントを開梱するだけで一苦労だろう。

「あの団長……よろしければ、ですが……
プレゼントの送り主と内容、私の方でリストにいたしましょうか?」

私は生け終えた花を応接テーブルの上に飾りながら、伺った。
ただでさえ団長は会議やら接待やらでお忙しいのだ。もらったプレゼントの整理をしていれば、少ない執務時間が更に減る。

「本当か?助かる!ナマエに任せれば、安心だな!」

団長はぱっと顔をこちらに向け、笑顔を見せた。
斯くして、本日の私の業務に「エルヴィン団長のプレゼント整理」が追加されたのである。




   

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