欠けても、満ちる
【ご注意】
進撃の巨人アニメ最終話を視聴して書いた物です。
エレミカ前提ジャンミカ それを見てるリヴァイ みたいな話。
このお話には夢要素はありません。
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01
俺たち、結婚することになりました。
突然の報告。はるばるパラディ島からやってきたジャンとミカサに、とっておきの紅茶を出したタイミングだった。
「……………………そりゃあ……」
驚きのあまり、リヴァイの声は少し掠れた。
ダイニングテーブルを挟み、ちょうどリヴァイの真向かいにジャンとミカサが並んでいる。二人の両横にはアルミンとコニー。ジャンは若干緊張した面持ちで、隣のミカサは俯き加減で頬を赤らめている。
おめでとう。そう言おうとして、リヴァイは一瞬躊躇ってしまった。
――おめでとう、で合っているよな?
エレン亡き後、ジャンがミカサを支え続けていたことは、リヴァイももちろん知っていた。二人の関係が単なる友人同士でないことも知っていた。だが、ミカサの心には常にエレンがいることも、やはり知っていた。
ジャンのミカサに対する一途な想いは本物だ。対してミカサのジャンに対する想いは、本物なのだが種類が違う。エレンに対する想いとジャンに対する想いは比較することができない。
エレン、ミカサ、ジャン。
リヴァイは三人の関係の複雑さを知っている。エレンとミカサの愛とその恐ろしさを、文字通り間近で見てきた。それはリヴァイだけでなく、ジャンも一緒だ。
人の機微に敏いジャンはリヴァイの一瞬の揺らぎを見逃さなかった。ジャンはリヴァイの躊躇いを払拭するよう、かつ空気が重くならないよう、絶妙な塩梅で声を出す。
「俺、ミカサの心にエレンがいることはもちろん承知しています。あの死に急ぎ大馬鹿野郎はこの先もずっとミカサの心の一番奥にいるって、わかってます。
俺はそんなミカサと死ぬまで一緒に生きていきたい……そう思ってるんです」
ジャンの口調は柔らかで、それでいて確かなものだった。ミカサは照れて俯いたままだが、彼女の纏う空気も穏やかで憂いがない。
若者二人の決意は固く、そして崇高だ。心配する必要なんて微塵もなかったのだとリヴァイは一人納得した。
「おめでとう。ジャン、ミカサ」
口にすると、リヴァイの胸に心地よい熱がじんわりと広がる。ジャンもミカサも、隣にいるアルミンとコニーもだが、彼らがまだ子供だった十五歳の頃から一緒に死線を掻い潜ってきた仲間である。
感慨深いというのは多分こういうことを言うのだろうなと、リヴァイは頭の隅でぼんやりと思った。
ジャンは紅茶を飲んで一息つくと、白地に金縁のティーカップを揃いのソーサーに置いた。質素なリヴァイの家に装飾品の類はほとんどないが、ティーカップだけは立派なものが数客ある。
「えっと、結婚式はパラディ島の教会で行います。そのあとちょっとしたガーデンパーティーもやる予定で……
「そうか、いいじゃねえか」
パラディ島でのジャンやミカサの立場は複雑である。
ここマーレのような島の外では、「進撃の巨人 エレン・イェーガー」を殺して世界を救った英雄の一人とされている。だが島の中では逆だ。
ヒストリアの働きもあり最近ではパラディ島の情勢も随分と変わってきている。それでもまだ、連合国大使の面々を「エルディアの英雄 エレン・イェーガー」を殺した者として強烈に敵対視する過激派は存在していた。
「式もパーティーも、ほとんど身内だけの小規模なもん」というのは、謙遜もあるだろうが、招待客がさほど多くないという事情もあるのだろうとリヴァイは察していた。
「それでその、バージンロードでのミカサのエスコートをリヴァイさんにお願いしたくて」
軽快な口調でするりと飛び出したジャンの言葉に、リヴァイの目は点になった。
ぽかんと呆け、対面のジャンとミカサを見据える。
――なんだって? バージンロード? ミカサのエスコート?
「……いや、ちょっと待て。……俺が?」
「はい、リヴァイさんにぜひ」
「オイオイオイオイ、待て待て。俺は、その、この脚じゃ」
「安心してください、バージンロードは十分な幅があるので車椅子でミカサの隣に並んでも問題ありません。車椅子を押すのは、コニーを介添えにつけようと思っています」
ジャンが淀みなく説明すると、コニーは力強く頷いた。
リヴァイは言葉を失った。予想だにしなかった申し出に思考が追い付かない。
「ほら、ミカサ」
ジャンは隣のミカサの背中に手を添えた。ミカサは俯いたままおちょぼ口のようにして、もごもごと言った。
「あなたは……アッカーマン……つまり、私とは親戚……なので……」
歯切れの悪すぎる物言い。ますます俯くミカサの口元はじりじりとマフラーに埋まってゆく。
助け船を出したのは、アルミンだった。
「ミカサ、こういうことはちゃんと言ったほうが良い。自分の気持ちをきちんと伝えるんだ」
朗々たるアルミンの声に後押しされるように、ミカサは意を決して顔を上げる。
マフラーから唇が出る。頬はやはり赤く染まっていた。
「……私には、父も母ももういない。神父に相談したら、バージンロードは一人で歩いても問題ないと、無理に誰かにエスコートしてもらう必要はないと、そう言われた。
でも私は、あなたと歩きたい。……あなたを信頼しているし、あなたがいなければ、今の私たちはないから」
上等な紅茶の香りで満たされたダイニングに、澄んだミカサの声が凛と響いた。
* * *
厳かな教会での結婚式から一転。すとんと抜けるような青空の下、丘の上でのガーデンパーティーは実に賑やかだ。
花で飾り付けられた長テーブルには、ニコロが用意した料理が所狭しと並べられている。決められた席次はなく立食形式で、各々が好き勝手に新郎新婦を取り囲んだり、料理に舌鼓を打ったり、歌ったり踊ったりしていた。
ジャンは「式もパーティーも、ほとんど身内だけの小規模なもん」と言っていたが、結果として予定は大きく崩れた。このパーティーは決して小規模ではない。
恰幅の良い母親をはじめとしたジャンの親族はもちろん、アルミン、コニー、ライナー、アニ、ピークも参列した。参列者はそれだけにとどまらない。ファルコとガビもリヴァイに引っついてマーレから参上したし、ヒストリアとその家族も、そしてはるばるヒィズルからキヨミ・アズマビトとアズマビト家の整備士たちもやって来た。
みんなジャンとミカサの結婚を祝うために、この丘の上へやって来たのだ。
新郎新婦の周りでどんちゃん騒いでいるのはコニーとライナーだ。赤ら顔でベロベロの二人は、ジャンに酒をしこたま注いでいる。
ミカサも多少は飲ませられているようだが、大事な花嫁に無茶な飲み方はさせられないと、ジャンは身体を張ってミカサの分まで酒を飲んだ。すると「カッコつけるんじゃねえ馬面!」と囃し立てられ、また飲まされるという構図である。
新郎が潰れるのは時間の問題だと、遠目に眺めていたリヴァイは小さくため息を吐く。
いつか、マーレで移民たちと酒盛りをしていた彼らを思い出した。
バージンロードでのエスコートという大役を終え、リヴァイは重しが取れたような心地でパーティーを眺めた。
草むらの上でアニとピークが何か喋っている。ピークは笑い、アニは相変わらずの仏頂面だが、決して機嫌が悪いわけではなさそうだ。
ファルコとガビはテーブルの上の料理に夢中だ。料理のうんちくを滔々と語るニコロに見向きもしない。
キヨミ・アズマビトはミカサのウェディングドレス姿に目を細め、涙を浮かべていた。
「リヴァイさん」
丘の隅で一人パーティーの様子を眺めていたリヴァイに声を掛けたのは、アルミンである。
髪の毛を整えスーツをきっちりと着こなす彼に、どこか弱々しかった少年の面影は微塵もない。ここにいるのは、連合国大使のリーダーであり、そして世界の英雄、アルミン・アルレルトだ。
「僕からもお礼を言わせてください。ミカサのエスコート、受けてくださってありがとうございました」
アルミンが深々と頭を下げると、リヴァイはふんと鼻を鳴らす。
「なんでお前が礼を言うんだ。おい、コニーの介添えは最悪だったぞ。車椅子の扱い方が雑で仕方ねえ。お前は礼を言う前に人材の配置についてもう一度勉強しろ」
皮肉たっぷりのリヴァイの言葉に、アルミンはアハハと声を上げて笑った。
「すみません、次からは僕かジャンが介添えします。でもお礼は言わせてくださいよ」
眦を柔らかく下げたアルミンは、ゆっくりと視線をパーティーの中心へと向ける。アルミンに釣られるように、リヴァイも視線を動かした。
二人の視界のちょうど真ん中にいるのは、大笑いするジャンとはにかむミカサ。その周りには、はしゃぐ仲間たちがいる。
丘の上は、食べ物と歌声と笑い声で溢れかえっていた。
賑やかすぎて、土の下で眠る誰かも起きてくるかもしれないと思うくらいに。
「だって僕、今すごく嬉しくて……幸せなんですから」
晴れやかなアルミンの声は、幸せな草むらから、澄んだ青空へと吸い込まれていった。
【欠けても、満ちる Fin.】