烙印の少女(2018リヴァイ生誕祭)





02




「兵長、こんなところにいたんですか」

そこへ、もう一人の兵士さんがひゅんと立体機動装置で飛んできた。
この「へいちょう」と呼ばれた小柄な兵士さんと緑の外套が一緒な事、それから胸にユニコーンではなく翼の紋章が入っていることから、この人も調査兵なのだろう。

「子供達大分集まって来ましたので、第一陣の馬車をもう出します。私はその警護に当たりますので、一旦こちらを離れます。その報告に参りました。
そちらの子も準備が良ければ、指定場所に移動をお願いします、第二陣の馬車が間もなく来ますので」
「ああ、分かった」

「へいちょう」は、飛んできた兵士さんに答えた。

「それにしても……兵長、今日誕生日だってのに休暇を取られなかったのですね。私たち部下にお任せいただいてもよろしい仕事でしょうに……」
「ああ……誕生日なんざ、関係ねえよ。女王陛下のお達しだ。どうせすることもねえしな」
「はは、でも兵舎で待機している者達は兵長のお祝い用に準備をしているらしいですよ……っと、これ言っちゃまずかったかな。聞かなかったことにしてください」

そう言ってやって来た兵士さんは苦笑した。
「へいちょう」はもう行けとばかりに手をしっしっと振る。それを見た兵士さんは「へいちょう」に向かい、右手の拳を左胸に当てると、再び立体機動装置で飛んで行った。

「兵士さん……誕生日なんですか?」

私は、小柄な兵士さんに尋ねた。

「ああ、まあな」

兵士さんはぶっきらぼうに答える。

誕生日に、こんな仕事をさせてしまったのだ。汚い子供を抱えて走らせ、家畜の証である烙印を目に入れさせ、手当までさせた。
この親切な兵士さんに申し訳が立たなくて、私は悲しくなった。せめて、私に何かできることはないのだろうか。

「あの……」

私は、兵士さんが貸してくれた外套とジャケットを脱ぎ押し付ける。

「た、助けていただいてありがとうございました!兵士さんのせっかくのお誕生日に……こんな、汚い子供を助けていただいて……本当に、すみません!わ、私……兵士さんにプレゼントできるものを何も持っていませんから……
だから、どうぞ私の身体を好きに使ってください!ふ、風呂は昨日入りましたから清潔です!今日はまだ誰もお客取ってないですし……店主にも……お前の身体はお客がつくって……言われてるから……」

そう言ってぶかぶかのワンピースを捲り上げ脱いだ。下着をつけていなかった私は、雪の積もった屋根の上で全裸になる。

兵士さんは立ち上がり私に近づくと、ゆっくり私の手をとり、黙ったままワンピースを着させた。そしてその上からもう一度ジャケットと外套も着せる。

「だ、だめですか……?すみません、子供はお好みではなかったですか?
私、私これしか……あげられるものを持っていないんです。せっかく助けていただいたのに、お礼もできない……」
「違う、そうじゃねえ。謝るな」

兵士さんは固い声で私の震えた言葉を遮った。

「お前は贈り物としてやり取りされるような『モノ』じゃない。この壁の、未来ある子供だろ」

兵士さんはそう言って、私の頭をぐしゃりと撫でる。

「……でも……」

こんなに良くしてもらいながら、何もお礼ができないことが悲しかった。
せめて私の身体を好きに使ってくれれば、私の気も済んだのに。
悲しく歪んだ私の顔を見て、兵士さんは口を開いた。

「俺に礼をしてくれるっつうなら、そうだな。自分の力で立てる人間になれ。それからだ」

自分の力で立つ?
意味が読み込めずきょとんとしていた私に、兵士さんはもう一度私の頭をぐしゃりとやって言った。

「自分の力で立つっつうのは、自分で金を稼ぐんだ。そして自分で住むところと食う物を確保する。今はまだガキだから、それができなくも仕方ねえ。だがな、大人になった時にそうやって自分の力で生活できなけりゃ生きていけねえんだ。
これから行く孤児院で、そのための力を身に着けるんだ。院長の手伝いをしろ。生活の術を覚えるんだ。勉強もしろ。読み書き計算が出来りゃできる仕事も増える。身体を売る以外にも、世の中には色々仕事があるんだ。
……それから、これは可能ならでいいが」

兵士さんはそこで私の頭から手を外す。私と目線をしっかりと合わせてくれた。

「信頼できる仲間を見つけろ。格段に生きやすくなるし、お前の人生を豊かにしてくれるだろう」

兵士さんの言っていることは半分くらいしかわからなかったが、私は素直に頷いた。
兵士さんは、少し笑った。

「大丈夫だ。きっとお前にはできる。
――俺だって、地下街の出なんだ。その俺にも、今は居場所があり、仲間がいる」



馬車に乗せられていった先の孤児院で、私は必死に院長の手伝いをし、勉強もした。
友達もできた。地下にいた時と比べて、生活が愛しくなった。
院長がヒストリア女王だと知った時はびっくりしたが、私と4、5歳しか違わない人が院長だと知り、却って私も将来に希望が持てた。



一か月後、孤児院にあの時の兵士さんが来てくれた。
あの時約束したとおり、私の背中の烙印を削いでくれるのだ。

孤児院の一室で私は兵士さんと二人きりになり、あの屋根の上でしたのと同じように背中の上半分を露出する。
あの時と違うのは、私の顔が少しだけ赤らんでいる事と、私の胸の鼓動がドキドキとうるさいことだ。

兵士さんは静かに私の烙印に剣を当て、ゆっくりとなぞる。

「痛いか?」
「ううん……大丈夫です。焼きごてを押し付けられた時に比べれば全然」
「……そうか」

背中から出血しているのはわかったが、すぐに消毒して手当てをしてくれた。
ガーゼを貼られ手当てが終わると、兵士さんはガーゼの上から烙印があった箇所を優しく撫でる。

「傷跡は残るが、烙印はもうわからなくなった。安心しろ、お前は奴隷じゃねえ」

その声に胸が熱くなる。声が出なくて、ただこくんと頷いた。

やっぱり、どうしても兵士さんにお礼がしたかった。ただ、私にはやはり何も贈れる物がない。
未だなんの力もない自分が悲しかったが、もうそれは仕方ない。私はせめて、と思い、声を振り絞った。

「わ、私……自分で、自分で生きていきます!絶対……自分の力で食べていけるようになります。
……そしたら、また会っていただけますか?お礼をしたいんです……」

かなり勇気を出したつもりだ。私の声は震えていた。だが、兵士さんから返ってきた答えは素っ気ないものだった。

「……生憎と、次会うことを約束できるような仕事じゃねえんだ。お前が一人で食えるようになるまで俺が生きている保証はねえ」

俯いてしまった。
私が今までに見たどの窃盗よりも、憲兵よりも、立体機動装置で美しく飛ぶこの人でさえ、命の保証がないのだろうか。
私が考えているよりもずっとこの世界は厳しいのかもしれない。それとも、この兵士さんが、子供の戯言に付き合う気はないと突き放したのかもしれない。
がっかりした様子の私を見た兵士さんは、ふっと笑い、またあの時のような優しい声を出す。

「だがな……お前のことは覚えておこう、ナマエ」

私は俯いていた顔をぱっと上げた。
どんな顔をしていたのだろう。もしかしたら、いや、もしかしなくても、私の顔は真っ赤だったと思う。

部屋を出て行こうとする兵士さんに向かって、私は体中の勇気をかき集めてもう一度声を絞り出した。

「へ、兵士さん……お名前は……?」

兵士さんは、ドアの前で振り返り、うっすらと顔に笑みを浮かべた。

「リヴァイだ」



* * *



ヒストリア女王のお達しで地下街やスラム街の巡回はしばらく続いた。
だが年が明けてしばらくした頃、もう保護すべき子供は全て保護したと、一旦巡回は停止された。

そしてその年ももう年の瀬だ。
851年の12月25日。

雪が降っている。
一年前とはずいぶん状況が変わった。この「島」には今、俺達「エルディア人」の他に義勇兵と、捕虜とされたマーレ兵もいる。
この複雑になった世界で、俺はまだ生き延びていた。

執務室のドアがノックなしに開いた。俺の執務室にノックなく入ってくるのは調査兵団でただ一人だ。

「リヴァーイ!!今日誕生日だろ?おめでとう!!」
「……ああ」

エルヴィンに生前、ノックしてから入室しろと散々言われたものだが、今は奴の気持ちがわかる。気心知れた奴だろうと、入室時は一声欲しいもんだ。

クソメガネは団長になってから随分とおとなしくなった。
常識を迫られることも多い立場になってしまったからだろう。今となってはあの非常識の塊でしかなかった、分隊長ハンジの面影を懐かしく思うことさえある。
だが、そのハンジが久々にはしゃいだ声を出している。その切っ掛けが俺の誕生日なら、まあ誕生日も捨てたもんじゃない。

「ちょっと誕生日のところ悪いんだけど、がんがん仕事振るからさあ!まずはコレ見ておいて」

そう言ってハンジは行儀の悪いことに書類を俺に向かって投げた。がんがん仕事振るのはいつものことだな、と一応口を挟みながら、投げられた書類をキャッチする。

「なんだこれ?……来年4月入団予定、訓練兵団志願者リスト?」
「ああそうなんだ。この中でどれだけの人間が訓練兵団を卒業できるかなあ。ま、卒業できたって調査兵に来るなんて変人は、更にまた減るだろうけどね。一応内容確認してサインをよろしくー」

言いながら、ハンジは執務室を出て行った。

俺は舌打ちをしながらパラパラと投げられたリストを捲る。
外界から取り入れたばかりの「写真」という技術が、リストを昨年までの様式から様変わりさせていた。志願者達一人一人に顔写真が添付されている。

あるページで、俺の手が止まった。
見覚えのある顔だった。

「……ナマエ」

ふっと、俺の顔が緩む。
烙印をつけられ家畜となりかけた少女だった。
だが写真に写っていた彼女の顔は、1年前とはまったく違う、強い意志を持ったものだった。

「……嬉しい誕生日プレゼントじゃねえか」

思わず、声に出る。



12歳になった地下街出身の少女が、訓練兵に志願した。
成長した少女が調査兵団に入り、優秀な兵士として成長していくのは、
また別の話。





【烙印の少女 Fin.】




   

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